決闘! 幡ヶ谷駅!
「てやんでぃ! べらぼうめ!」
「な、なによ!」
俺の剣幕と江戸っ子張りの啖呵に一瞬怯んだ様子を垣間見せたが、そんな針でつついた程度の穴で萎むような『寄るな触るな』オーラではない。
「おうおうおう、こっちが下手に出てりゃつけあがりやがって、手前ぇは何様だっつぅんだよ! みんな同じ労働者じゃねぇか、朝の満員電車は辛ぇもんだ、だけど誰でもそいつを我慢して勤めに出てるんだ、これだけ満員なら身体も触れらぁ! ぎゅうぎゅう押されらぁ、誰だってそいつを我慢しながら乗ってるんだよ!」
「ふん! こっちは女性なんですからね! 男が女性の身体に触れないように気をつけるのは当然よ!」
「ほう? いっぱしの口を利くじゃねぇか、じゃあ訊くがな、この電車に乗ってる女はお前ぇたちばかりじゃねぇだろうが、見ろ、よっぽど綺麗な女性たちが、お前ぇらと同類と思われたくねぇばっかりに狭ぇ思いを我慢してるんだよ、誰が好き好んで化け物に触るかよ!」
「化け物? 言ってくれるじゃないの、あんた、覚悟は出来てるんでしょうね」
「覚悟だぁ? 一体なにを覚悟しなきゃいけねぇっつうんだ」
「痴漢として警察に突き出すわよ!」
「おう、やってみな、この車両にいる誰だって見てたんだ、俺が痴漢なんぞしちゃしねぇって証言してくれる人は必ずいらぁ!」
ざわついていたギャラリーの中から声が上がる。
「おう、兄ちゃん、俺が証言してやるぜ! なに、会社なんて遅れたってかまやしねぇ、男の尊厳をかけて戦うお前ぇを見殺しにゃしねぇよ!」
すると、俺に味方してくれる声があちらこちらから上がった。
「俺も見てたぜ、あんちゃんは痴漢なんぞしてねぇ」
「傘の一件だって不可抗力さ、そんなことでいちいち吊るし上げられちゃ、おちおち町も歩けねぇよ」
女性からも声が上がる、メドゥーサの一味を愉快に思わない女性も多いのだ。
「私も見てました、傘が当っただけだし、ちゃんと謝ってましたよね!」
思いがけないアウェイ状態にメドゥーサの目が吊り上がる。
「な、なによ……セクハラ、そう、セクハラよ! あたしを化け物だなんて! そんな誹謗中傷が許されて良いはずない!」
しかし、ひとたび声を上げてしまえば日ごろの鬱憤があるだけに、俺に味方する声もヒートアップする。
「兄ちゃん、そいつをバケモンなんて呼んじゃいけねぇよ、バケモンに失礼ってもんだ!」
ギャラリーがどっと笑う。
その笑い声を聞いてメドゥーサは当たりを睥睨する。
「誰? 今変なこと言ったのは誰よ! ヘイトスピーチだわ!」
すると、いかにも冷静と言った感じの女性が進み出て来た。
「出自や容姿その他の、本人のせいではない、本人が改めることが出来ない事を揶揄すること、それがヘイトスピーチです、あなたの場合、あなたがこれまでに他の乗客に大して高圧的な態度で接して不利益を与えて来たこと、並びに、その男性の避けることの出来なかった軽微な過失をことさらに大きく問題視して罵倒した、そのことを鑑みますと、今の発言はヘイトスピーチとは言えないと思います、以上」
女性は眼鏡を指ですっと上げて再びギャラリーの中に戻った。
「あんた誰? 誰なのよ! フン! ヘイトヘイトヘイト! ヘイトに決まってるじゃない! あたしがそう思うんだからヘイトなのよ! 誰にも異議は唱えさせないわ!」
まるで『私がこの車両の法律よ!』と言わんばかり、それこそ他の乗客が感じ、忌まわしく思って来たことに他ならない、ギャラリーからはメドゥーサとその一味を詰る声が一斉に上がった。
「へっ、どうやらみんなが俺の味方してくれるみたいだが、さあ、どうするよ」
俺はとりあえず溜飲が下がって、冷静を取り戻していた。
「勝負……あたしと勝負なさい!」
「ほう? 何の勝負だ?」
「元○○大学フェンシング部、インカレ出場二回、内ベストエイト一回、赤井桃子! あんたに手袋を投げつけるわ! 次の駅で決闘よ!」
「おう! 望むところだ! 元△△大学中国拳法部主将、青野三男、その勝負、受けてやろうじゃねぇか」