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⑦残念王子と闇のマル(修正あり2/4)

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頭の中で、真っ白になっている部分がある…。

(もしかして、私は何か重大なミスを犯したのかな…。忍でいられなくなるほどの何か…。)

暗いほうに気持ちが傾いた時、ふと光を感じ視線を持ち上げる。

いつの間にか、空は白み始めていた。

「ここは…南の村…。」

かつて、星一族が住んでいたという国境の村。

今は騎士と忍が配備され、国境を警備している。

私は手近な木に登ると、国境の向こうを見つめた。

任務で、数えきれないほど往復してきた国境。

もう私は、この国境すら自由に越えることができなくなったのだ。

苦しく辛いことばかりだった忍の世界から、本当はいつも抜け出したかった。

でもいざ抜けてしまうと、狭い籠の中に閉じ込められたような気がして、穏やかだけれど息苦しい。

明るい世界と思っていた王族の世界も、決して美しく幸せなものではなかった。

なぜだか、私はどこにいても居場所がないように感じる。

星一族でも、花の都でもなく、どこか別の場所で私は居場所を見つけ生きていたように思うのは、なぜだろう。

そんな場所、あるはずもないのに。

その時、朝日が黄金色に輝き、私の顔を眩しく照らす。

木々がエメラルドグリーンに輝くその景色を見た瞬間、私の胸が、軋むように締め付けられた。

「金と、エメラルドグリーン…。」

なぜかこの色は懐かしく、愛しく、そして心臓が止まりそうなくらい哀しい…。

私が呆然とその光を見つめていると、陽の光が暖かく柔らかく、私を包み込む。

私は涙が溢れそうになり、思わず自分の体を抱きしめながら、その光をなるべく浴びない木陰に身を隠した。

「何してるんですか?」

突然聞こえた艶やかな低い声に、私は驚いて後ろをふり返る。

すると、そこには銀のマスクをつけた弟が立っていた。

「理巧。」

最後に会ったのがいつだったか思い出せないくらい久しぶりに会うはずだけれど、なぜかそんなに会っていなかったように感じない。

「姉上はもう、忍じゃありません。」

次期頭領の理巧は既に私の能力を超えているのか、目の前にいても気配を感じず、父上のように透明な存在だ。

「なぜ忍装束でここへ?」

冷ややかな忍然としたその雰囲気に、私は懐かしく、久しぶりに居心地の良さを感じた。

「なんだか…急いで誰かのもとへ行かないといけない気がして…。」

(そうだ、白馬のこと、理巧ならわかるかも。)

「理巧。星の厩舎に牝の白馬がいたんだけど」

私の言葉に、理巧が僅かにその眼光を鋭くする。

「あれは…誰の…馬?」

訊ねながら、なぜか胸がひどく痛み始めた。

なぜ忘れてしまっているのか、自らを激しく責める自分がもう一人いる。

「…。」

理巧は、何も答えない。

答えをもらえない私は、忘れていることを理巧にも責められている気がして、どんどん自分自身を追いつめた。

半ばパニックに陥った私の呼吸は浅く、早く、荒くなり、いつしか唇と指先が震え始める。

理巧はそんな私の体をそっと支えると、二本の指を私の眉間に当てた。

「ご安心ください。私が、きちんとお守りしています。」

そこまで聞こえた瞬間、私の体から力が抜ける。

崩れ落ちる麻流の体を理巧は片腕で支えると、そっと抱き上げた。

そして辺りを見回し誰の気配もないことを確認すると、意識を失った姉を抱きしめたまま、樹上から姿を消した。



「リク。どこ行ってたのさ。」

伸びた金髪をさらりと揺らし、カレンが仁王立ちする。

「も~、出発が遅れちゃうじゃん。追加料金取られちゃうだろ。」

目の前に音もなく現れた理巧に驚きもせず、慣れた様子で文句を言いながら、カレンは荷物を理巧に手渡した。

理巧はそれを受けとると、カレンの足元に跪いて頭を下げる。

「すぐに返却しないといけない落とし物を、拾得致しました。カレン様には、私が戻るまでこちらの宿でこのままお待ち頂きます。」

珍しく長い文章で喋った理巧に、カレンは首を傾げながら背負っていた自分の荷物をおろした。

「落とし物?返却って、どこに?」

理巧は黙ってカレンの瞳を見つめ返すと、姿を消す。

「…。追加料金、決定。」

カレンは小さくため息を吐くと、近くの椅子に腰かけてお茶を飲みながら、仕方なく理巧の帰りを待った。

「こちらです。」

突然、背後から声がし、カレンは思わずお茶を吹き出しそうになる。

「も~、せめて前に現れ」

文句を言いながらふり返ったカレンは、言葉を失った。

跪く理巧の腕には、麻流が抱かれていたからだ。

「…。」

会いたくて、気が狂いそうなほど麻流に会いたくて、カレンはしばらく荒れていた。

各国の視察はきちんとこなし、着実に『残念王子』だった自身のイメージを変えていっているカレン。

けれどプライベートでは、理巧を傍に近寄らせず引きこもったり、護衛の最中も言うことをきかなかったり、と理巧へ鬱憤をぶつけた時期があった。

麻流と別れて季節がふたつめぐった最近、ようやく麻流がいない生活を受け入れ、以前のカレンに戻りつつあった。

「…。」

カレンは椅子に座ったまま、固まっている。

呼吸することもまばたきすることも忘れたように、目を見開いてただただ麻流を見つめ続けた。

理巧は立ち上がると、カレンに麻流を差し出す。

「どうぞ。」

固まって動かないカレンの腕の中に、理巧は麻流を置いた。

「私の術がかかっているので、解くまでは目を覚ましません。」

そう言うと理巧は頭を下げて、その場から姿を消す。

カレンは、久しぶりに抱く麻流の重みや柔らかさ、温かさに心が解されていくのを感じた。

艶やかな黒い髪の毛は、別れた頃と同じ長さに揃えられている。

「僕の髪の毛は、伸びちゃったよ。」

ようやく、言葉が出た。

「相変わらず、桃ほっぺだな。」

白い肌に色づく桃色の頬を、カレンはそっと撫でる。

「マル。リクの術にかかるなんて、どうしたのさ。」

見つめられるたび、いつも心を揺さぶられていた丸い大きな黒水晶の瞳は、長い睫毛に彩られた瞼の奥に潜んで、見えない。

「…寝顔も、相変わらず可愛いな。」

カレンが、柔らかく微笑む。

カレンらしい明るくやわらかなその微笑みを、理巧は久しぶりに見た。

「…。」

どんなに心を尽くして支えても得られなかったその変化に、天井裏から見ていた理巧は目を伏せる。

その理巧の表情は、心からホッとした様子だった。

「でも…。」

掠れたカレンの声に、理巧は伏せていた目を開く。

「僕の顔、見てほしいな。」

カレンは麻流の瞼を、指でそっとなぞった。

「僕の名前、呼んでよ。」

言いながら、カレンは麻流の赤い唇も指でなぞる。

「マル!」

カレンは麻流の体をぎゅっと抱きしめると、麻流の首筋に顔を埋めた。

「おまえ…何にも匂いしないじゃん…。」

何度も抱きしめ直しながら、カレンは涙声で呟く。

「…僕の匂い、消えてる…。」

カレンは麻流のうなじに顔を埋め、深呼吸した。

「もう、僕の存在は…おまえの中から消えたのかな…。」

悲壮な顔をするカレンに理巧は戸惑いながらも、不意に後ろをふり返る。

「頭領。」