⑦残念王子と闇のマル(修正あり2/4)
「だからさ、このままそっとしとこ?」
空はその泣き顔を隠すように、片腕で聖華の頭を抱きしめる。
「…父上。」
至恩はもう一度涙を拭うと、利発な瞳を空へ向けた。
「私は…姉上に憧れて、忍になりたかったんです。」
空は、至近距離で見つめ合うことができないため、至恩を地面に降ろす。
「けれど…姉上は忍だったから、好きな人と別れなければいけなかった。」
地面に降りた至恩は、俯いて拳をギュッと握った。
「それを知ったら、忍になりたくなくなりました。」
「…。」
空はジッと至恩を見おろすと、おもむろに銀のマスクを外し、胸に顔を埋めている聖華の手に握らせる。
「でも俺は、忍だから聖華と出会えたし、忍だけど聖華と結婚できたよ?」
空の言葉に、抱かれていた空の胸から聖華が顔を上げた。
そして二人で視線を交わすと、空は聖華の後頭部を引き寄せ、口づける。
二人にとって、唇を重ねるだけの口づけは挨拶のひとつで、子ども達の前でも日常的に交わしていた。
けれど今回、空は深く口づけてきた。
驚いた聖華は、空の耳たぶを思い切りひっぱり強制的に唇を離すと同時に、その口元にマスクを押し当てる。
「いてててて!」
ひっぱられた左耳をおさえながら、空は押し当てられたマスクを自分でしっかりとつけた。
聖華はそんな空をじろりと一瞥すると、至恩の短めの銀髪に手を伸ばす。
「まぁ…あとは運命と縁よね。」
聖華に頭を撫でられながら、至恩は掠れた声で反芻した。
「運命と縁…。」
空と聖華は視線を交わすと、幸せそうに微笑み合う。
「そう。どんなに難しい状況でも、どんなに離されてしまっても、運命と縁が繋がっていれば必ず結ばれる。」
「ん。」
言いながら、二人は手の指を絡め合った。
そして自然に笑い合う二人を見て、至恩は子ども心ながらなんとなく理解する。
空は、片腕で至恩を抱き上げた。
背の高い空に抱かれて、いつもより空が近くなる。
見上げた空は、あいにくの雪曇りで灰色だ。
けれど至恩は頬を緩め、空から降る牡丹雪を捕まえようと手を伸ばす。
そんな至恩が落ちないように、空は腕に力を込めた。
グッと強く抱きしめられた至恩は、そっと父親の肩に手を置く。
銀のマスクで顔の半分を隠し、至近距離で目を合わせないよういつも気に掛けている空。
忍の世界は、閉ざされた世界だ。
外の世界の者にとっては、想像もつかない。
そこに生きる父や姉、兄は、幼心ながらいつも闇を纏っているように感じていた。
人は『忍』をあまりよく言わない。
空が忍の頭領と知らない人たちが、少し見下したように、嘲るように噂している姿も何度も目にした。
噂の中で耳にした『外道』や『非道』という言葉を、銀河叔父上に訊ねたことがある。
その時の叔父上の何とも言えない、悲しげな表情が今も忘れられない。
きっと酷いこと、人を傷つけることをしているんだろう、そう想像がついた。
けれど今、自分を抱きしめ、母の手を取って柔らかな笑顔を交わす父は、とても愛情深くあたたかい。
至恩は空の首にギュッと抱きついた。
すると、雪で冷えたところがほんのり温もる。
至恩は、この温かな父親が大好きだ。
(父上が、間違ったことをするはずがない。)
母や自分たち子どもを守ってくれる父はきっと、姉が幸せになれるように導いてくれるはず。
至恩は黒髪の姉と、その姉が愛している金髪の王子を思い浮かべながら、再び雪空を仰いだ。
作品名:⑦残念王子と闇のマル(修正あり2/4) 作家名:しずか