小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

⑦残念王子と闇のマル(修正あり2/4)

INDEX|1ページ/10ページ|

次のページ
 

雪空


「あっ!」

飛んできたクナイを避けきれず、尻餅をつく男の子。

黒装束の袖は破れ、血が滲んだ。

「あにうえ!だいじょうぶですか!?」

駆け寄る幼い男の子の足止めをするかのように、その足元に手裏剣が3つ突き刺さる。

止まりきれずつんのめって転んだ幼い男の子は、声を上げて泣いた。

「こら、転んだくらいで泣かない。」

音もなく降り立った影は、泣いてる男の子の前に屈むと、そのおかっぱの銀髪を撫でる。

「膝当てしてるから、痛くないでしょ。」

「て…てのひら、すりむきました…。」

見ると、転んだ時についた掌を確かにすりむいていた。

しゃくりあげながら訴える幼い体を、白いため息をつきながら影はそっと抱き上げる。

「どっちかって言うと、至恩のほうが泣くケガだよ?」

その言葉に、クナイと手裏剣を回収していた至恩は凛々しい表情で立ち上がった。

「いえ、私は大丈夫です。このくらい、なんともありません。」

そこへ、銀の巻き毛を風になびかせながら、美しい女性が現れる。

「偉織、手当てしましょうねぇ♡」

言いながら、影から偉織王子を抱き取った。

「ですので姉上、もう一度お願いします。」

至恩は影に向かって、深く頭を下げる。

「じゃ、次は刀の稽古をしよう。」

そう言う影の、おかっぱの黒髪が雪混じりの寒風にさらわれた。

「あ、ではぜひ二刀流をお願いします!」

利発そうな切れ長の碧眼をキラキラと輝かせながら、至恩は影を見上げる。

「…。」

影は、そんな至恩を無言で見下ろした。

「…?」

突然押し黙った影を見上げたまま、至恩は首を傾げる。

「麻流姉上?」

名前を呼ばれた麻流は、口許の黒い布マスクを押し下げると、至恩の前に屈んだ。

「至恩は、どっちになるの?」

王子か忍か…。

突然、核心に迫った質問をされ、至恩はチラリと視線を流す。

その視線の先には、両親がいた。

「もうすぐ11才でしょ。そろそろ決める年だよね。」

麻流の言葉に、至恩はごくりと喉を鳴らす。

「紗那と馨瑠が王位継承を辞退した今、至恩が『王子』を選べば第二位になる。至恩が『忍』を選べば、偉織が第二位になる。…どうする?」

選択を迫られた至恩は、意思の強そうな碧眼を真っ直ぐに麻流に向けた。

「…姉上は、王位継承に加わらないんですか?」

「…。」

思いがけない質問に、麻流は言葉を詰まらせる。

「先日、王女としてお披露目されましたよね。そしたら、もう忍ではないのだから、姉上が第二位となるのではないですか?」

麻流は至恩のあまりにもまっすぐな視線を受け止めきれず、思わず目を逸らした。

「もうカレ」

「至恩。」

言いかけた言葉を、艶やかな低い声が遮る。

いつの間にか、空が傍に来ていた。

「麻流は忍をしていたから、王にはなれない。」

空は麻流の隣に屈むと、優しい表情で至恩を見上げる。

「けど、だからといって王位継承なんて考えなくていい。
…おまえの好きな道を選びな。」

大きな手で頭を撫でられた至恩は、空と麻流の顔を見比べ、口を引き結んだ。

そして意を決したように、空の顔を見つめる。

「…私は、王子に…騎士になりたいです。」

空は雪が舞う中、ふっと白い息を吐くと、その切れ長の黒水晶の瞳を三日月に細めた。

「ん。」

実は至恩も偉織も、身体能力が忍になれるレベルでない。

ここで忍を選んでも、きっと下忍どまりだっただろう。

ただ、今その意思を確認したのには、理由がある。

実は至恩が望んだ、『二刀流』を教えられるかどうかがかかっていたのだ。

「じゃ、二刀流は教えられない。」

言いながら、麻流は立ち上がった。

「え!?」

驚く至恩に、麻流は剣を渡す。

「星一族の秘技だからね。門外不出ってやつ。」

そして、叔父の太陽を手招いた。

「騎士になるなら、まずは叔父上からしっかり学びな。その応用編として、忍との闘い方は教えてあげるから。」

すると、そこへ偉織が駆け寄ってくる。

「わたしはしのびになりたいです!」

麻流に抱きつきながら、満面の笑顔で見上げてきた。

そんな無邪気な弟を、麻流は抱き上げて額を小突く。

「まだ早いよ。」

言いながら地を蹴って、一瞬で至恩の前から消えた。

「!」

突然の出来事に、至恩は戸惑った表情であたりを見回す。

「すごーい!!あにうえ~みて~!」

次の瞬間、偉織の声が頭上から聞こえた。

慌てて声の方を見上げれば、3階のバルコニーの手摺に麻流が立っている。

「!?」

その麻流の腕の中から、偉織が手をふっていた。

「どうやって、あそこまで?」

呆然としながら呟くと、空も3階を見上げる。

「忍の基本。」

驚いて至恩がふり返ると、優しい眼差しで見つめられた。

「あれができなきゃ、忍になれない。」

至恩がもう一度バルコニーを見上げると、そこにはもう麻流の姿はない。

「麻流も理巧も、6歳の時にはできてたよね。」

太陽が、至恩を見下ろして頬笑んだ。

「2階を踏み台に使ってたけどね。」

そんな太陽に、空が悪戯っぽく笑う。

「いや普通、2階を踏み台にすらできない。」

太陽が真面目な顔で言い切ると、空は声を立てて笑った。

「みんな~おやつのじかんですよ~!」

偉織が3階のバルコニーから手をふる。

「わぁ、おやつか!至恩、行くよ!」

太陽が至恩をふり返ると、空が至恩の肩を抱いた。

「先に行っといて。」

空の言葉に太陽は一瞬目を丸くしたけれど、すぐに手を上げて立ち去る。

「至恩。」

空は、至恩の肩を抱きながら歩き始めた。

「前にも言ったはず。」

穏やかながらも厳しさを含んだ声色に、至恩は背筋を伸ばして空の顔を見上げる。

「麻流に、カレンのことを言ったらダメだ。」

空と見つめあった至恩は、その視線から目を逸らすように切れ長の碧眼をふせた。

「せっかく、記憶喪失なんだからさ。」

至恩は、唇をキュッと噛む。

「…納得いきません。」

震える声で呟く至恩の頭を、空は撫でた。

「だよな~。」

意外な同意に、至恩が驚いて空を再び見上げる。

「俺も、納得いかね。」

意外なほど柔らかな視線で、空は至恩を見つめた。

「けど…どうにもならない。」

そこまで言うと、空は天を仰ぐ。

「なら、忘れちまったままのほうが楽じゃん?」

至恩の瞳から、涙が零れ落ちた。

「…ぅっ。」

小さくしゃくりあげる至恩の頭を、空は再び撫でる。

「どうにもならないと諦める前に」

至恩は、袖で涙を拭いながら肩をふるわせた。

「もっと探せば、お二人の結婚のためにできることが…あるのではないですか?」

しゃくりあげながら訴える至恩を空が抱き上げたところに、聖華が近づいてくる。

「至恩。」

抱かれた至恩の背中に手を添えて、聖華が諭した。

「大人の世界には、理不尽なこと、思い通りにならないことが、いっぱいあるの。」

そう言う聖華の大きな丸い碧眼からも、涙が溢れそうになっている。

「だから…麻流は…記憶をなくしたのよね。」

至恩は、初めて聞く母の涙声にハッとした表情を浮かべた。