短編集11(過去作品)
さっきから聞こえている耳鳴りが、女性の悲鳴であるような雰囲気を感じるには、自分でも分かっていた。しかし、あくまでも耳鳴りであって、聞き方一つでどうにでも取れるのだ。
いや、本当に分かっていたのであろうか?
分かっていたというよりも、瑞穂の言葉で耳鳴りが初めて悲鳴だと思ったのではないだろうか?
「ピ〜」
いきなり汽笛がなったかと思うと、薄暗い視界の中に突然飛び込んできた白い閃光。線路を揺らす轟音は、明らかに列車が通り過ぎようとする音である。
高架下の反対側に壁があって、そこに自分たちの影が映し出された。しかし、ライトの角度から映し出された影が、映し出されるはずのものでないということには気付かなかった。
ゆっくりとその影に目を移した。
もはやすべてを見て理解した私は落ち着いてしまったのか、涼しい顔になっていくのを感じていた。
「どう、思い出した? 私は最近になって、このことを知ったの。あなたが思い出したくないほどのショックを覚えたことは察するわ。でも、しっかり現実を見つめてほしいの」
そう言って、寂しそうな、情けないような表情を私に向けていた。
そしてゆっくり踵を返し、歩き始めた。追いかけようとしても、私の足が動かない。暗闇の中に吸い込まれるように瑞穂が消えると、そこには静寂が私を待っていた。
さらに、影を見つめた。目がもうそこにしか行かないのだ……。
二つの影が揺れている。
「おや?」
ふと不思議に思ったのだが、その影には見覚えがあった。一人が一人に絡みついている。絡みつかれた人の腕が、まるで天空を掴もうとするかのように震えながら虚しく伸びている。もう一人の人物が明らかに首を絞めているのだ。
もしこれが実像であったら、断末魔のものすごい形相が見れたであろう。糸を引くような女性の悲鳴をはっきり感じることができるだろうし、状況も把握できるはずだ。
しかし、私には実像でなくとも、はっきり目に浮かんでくる。
首に手を掛けられている人物はさおりで、手を掛けている人物は、かくゆう私なのである。
静寂の中で感じる悲鳴を本当に感じているのだろうか? すべてが虚空の中の出来事で信じられないと思う中、自分がやってきたことをはっきりと把握することができている。
瑞穂もさおりも私の性格を、こう分析していた。
「あなたの考えていることはすぐに顔に出るのよ。嘘のつけない性格ね。それが短所なのか長所なのか分からないけど……」
二人とも、一句一字違うことなく同じように言ったのだ。
そして今私にははっきりさおりの声が聞こえてきた。
「短所でしょうね」
と……。
その声を聞いた私は、もはや何も考えられなくなっていった。
まるで雪山で遭難して、眠くなるような気分にである……。
( 完 )
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次