短編集11(過去作品)
飽和の果てに
飽和の果てに
「おや?」
頭の中に疑問を抱く時というのは皆同じようなものなのだろうか?
頭の中に自然と浮かんでくる……、それとも考えなしにいる時に、ふっと思うものなのだろうか?
いつも考え事をしている。電車に乗っている時、道を歩いている時、考え事をしないではいられないタイプだと思っているが、それが果たして私だけなのかどうか、それを考え始めると堂々巡りを繰り返してしまいそうになる。
「蛇がしっぽから、自分を食べている」
まさしくそんな思いが頭に浮かんでくる。
考え事をすることは決して悪いことではない。それだけ脳を活性化させ、生活にリズムも出てくる。しかしその反面、注意力が散漫になり本当に大切なことを忘れてしまうのではないかという懸念をいつも持ち続けているのも事実である。
気が付いたら考え事をしている。それが本音なのだ。
私こと小林学は、小学生時代というと算数が好きだった。問題一つに対し、答えは一つ。考えて考え抜けばどんなに難しい問題だって解けるはずである。数字というものが規則正しく並んでいるからであり、逆にいえば問題だって無限大に作ることができるはずなのだというのが、私の持論でもあった。
考え事が多くなったのは、小学校の頃に感じた算数への思いからなのか、考え事をするようになったから、算数についてそう感じるようになったのか定かではないが、考え事をしていることを意識し始めたのは、間違いなくその頃からである。
無から有を作り出すことに目覚めたのは、それからまもなくのことだった。
中学に入り私は文芸部に所属した。文芸の研究はもちろん、詩集であったり、俳句であったり、あるいは小説といったあらゆるジャンルの文芸を手がけ、さらには自分たちで雑誌を編集したりもした。
最初、工作や絵画ということも頭にあったが、本屋や図書館の静かな雰囲気が好きだった私は迷わず文芸部を選択していた。本の持つ魅力に魅せられた形になったわけだが、本当の魅力に気付いたのは、実は後になってからのことであった。
しかし本の魅力を感じたから文芸部を選択したという思いが最初なかったのには理由がった。それに気付いたのもかなり後になってからで、私が人生観におぼろげながら気がつき始めたのもその頃からかも知れない。
中学二年の秋ごろからだったろうか? それまでいつも一緒に遊んだり勉強していた奴が、急に付き合い悪くなったのだ。
「悪いな、今日はちょっと……」
最初は言葉を濁しながら丁重に断っていたのだが、途中から
「今日は彼女とデートなんだ」
と、堂々と言ってのけるようになった。
本人からしてみれば、最初の頃は彼女として自信がなかったからはっきり言わなかったのだろうが、そんなことを知らない私にとって途中からはっきりと言い出したことに感じたことは、よほどデートというのが楽しいものなのだろうという思いだった。
私が異性というものを感じ始めた最初は、これがきっかけだったのだ。
道を歩いているとアベックが目立つ。目立つように見えるのは急にアベックが増えたわけではなく、それまで意識すらしたことのなかったからだ。
気がつけばいつも目で追っている。そのことに気が付いたアベックに変な目で見られ、初めて自分が目で追っていたことに気付く。
他の人が異性に興味を持つまでの経緯がよく分からないので何とも言えないが、私としては異性に対して興味を持つ時期が遅かったことで、他の人と少し違った思いがそこにあっても仕方がない気がしていた。他人と比較するにも対象がないのだ。
だが、文芸部へ入部したもう一つの、いや本当に理由は意識し始めた女性が現れたからであった。
入学式当日、まだ席が決まっていない教室で私の隣に腰掛けた女性がいた。
入学式ということで少なからずワクワクした気持ちで半分舞い上がっていたであろう心理状態に、サクラの花の香りがほんのりと鼻をつく中、普段意識したこともない女性というものに対しいつもと違った感覚を持ったとしても不思議ではない。
「始めまして」
そう言って微笑みかけてくれた彼女の表情は大人びて感じたが、先生の話を興味津々に聞き入っているその表情にはまだあどけなさが残っている。目の輝きを見れば分かることであって、瞬きすることすらもったいないといった感じで見つめている彼女の眼差しは、薄っすらと潤んでいるように見えた。
私はというと先生の話もそこそこに彼女の横顔をチラチラと盗み見ていたが、自分自身そのことに気付いた時にはすでに彼女から目が離せないでいた。
しかし、なぜか私に罪悪感はなかった。
確かに彼女の横顔、いや正面を見つめる眼差しから目が離せなかったのも事実なのだが、私に気付かないでずっと正面を見続ける彼女に私を意識させたいという思いがあったことも否定できない。
彼女の名前が呼ばれた。
吉田みずほ、かわいい名前だ。ポッチャリ系の彼女にぴったりの名前である。
みずほという名前を聞いてポッチャリ系の女性をイメージするようになったのは、ひょっとしてその時からではなかったろうか?
名前から見たこともない相手を想像するのも人それぞれ、私のように最初印象に残った人をイメージするものかも知れない。
それでもその時の私に、みずほを「異性」として意識することはなかった。意識していることに気付かなかっただけだという気もする。なぜならみずほに対して話しかける時、何ら違和感がなかったからである。
確かに初めて異性を意識し始めてから話をした女性とは、まったく会話にならないほど緊張してしまい、最初気を遣ってくれていた相手も次第に呆れてくるのが分かるくらいだった。かわいいを通り越すとそこには煩わしさと白々しさのようなものしか残らないようである。
「みずほさんは、部活どうするの?」
「文芸部を考えてるの。小学校の頃から本が好きで、よく読んでたから」
実際、みずほの本に対する愛着は、一緒に文芸部で活動しているとよく分かる。図書室で棚の整理をしている時の赤いエプロン姿はよく似合っている。
そう私が文芸部を選んだ最大の理由、それはみずほがいたからだ。彼女がいなくても文芸部を選んだかも知れないと思ったのはずっと後からになってであり、その時は間違いなくそう思い込んでいた。
文芸部の活動として、図書室の整理もさることながら、私にとっての一番の魅力は雑誌を発行することだった。クラブとしての機関紙ではあったが、そこには詩、俳句から、小説、エッセイ、さらには作詞やアニメまでと多岐に富んでいた。
元々ミステリーに造詣の深かった私は何度かその機関紙に作品を発表したものである。
作品を発表!
この言葉に強い憧れを持っている。そのためにいろいろ本を読み、執筆以外の時間も充実している。そんな生活に満足していた。
しかし私が考えているミステリーは推理物、探偵物といったサスペンス系というよりホラーというエッセンスの入った奇妙な話に憧れを感じていた。それも日常生活の中で誰にでも起こりそうなことだったり、後で読み返して「どうしてこんなことに気がつかなかったんだろう」と思わせるような身近な物語である。
作品名:短編集11(過去作品) 作家名:森本晃次