Hail mary pass
「これ、なんて曲ですか?」
向山が言うと、岩村は鼻で笑った。
「知らん」
しらばく山道を走ったあと、スカイラインセダンと合流し、三台になった。廃倉庫に着いたときは、少し空が明るくなり始めていた。スカイラインから降りた男は、岩村の真っ赤になった制服を見て、笑った。
「派手にやりよったな」
「まあ、これしかとりえがないもんで」
岩村が物怖じしない愛想笑いを見せると、男も同じようにした。
捜査一課の強行犯係。高岡巡査部長は、岩村が持つ冷んやりとした空気を、さらに張り詰めさせたようだった。年齢も三十歳で、集まった四人の中では最年長。スカイラインのトランクから斧とのこぎりを取り出すと、向山の足元へ放った。
「お手並み拝見や」
向山が呆気に取られていると、岩村が血まみれの制服を脱いで、コミカルな犬の顔が描かれたトレーナーに着替えながら言った。
「そいつで、大きく五つぐらいに切り分けや。ちゃうな、六つか」
「六つですか……、どこをどう切ります?」
向山が言うと、高岡が笑った。それを確認してから、清水が力なく笑った。岩村はタウンエースの荷室から男の死体を引っ張り出すと、床に蹴って転がした。向山は斧を拾い上げて、岩村の言葉を待った。
「頭、両手、両足、胴体、これで六つや」
清水は喉の奥が塩辛くなってきた気がして、少し俯いた。しばらく沈黙が流れ、誰も動かなかった。岩村はオールバックの髪を一度撫で付けると、向山の方を向いて、ベルトに挟んだ銀色の拳銃を抜いた。
「お前も六つにばらすぞ、はよせんかい」
向山はその言葉に弾かれたように斧を振りかぶり、男の胸の上に振り下ろした。ごつんと固い音が鳴って、男の胸の上に斧が突っ立った。清水がその場に吐き、高岡が笑い、岩村が拳銃の撃鉄を起こした。高岡が言った。
「まあ、なんでも最初はあるからな。そっから切り分けんのか? おい岩村、銃はいらんぞ」
岩村は片手で器用に拳銃の撃鉄を下げて、再びベルトに挟みこんだ。向山はノコギリを持つと、まず腕から取り掛かった。首を切り落とすときだけ、目を閉じた。
四時間が経って、さっきドラム缶にくべたばかりの火が大きくなっているのを見ながら、高岡が言った。
「親指の骨だけ残せ」
岩村が、ルーチェのトランクから醤油とみりんのボトルを出してきて、キャップを無造作に飛ばした。向山が骨を放り込むのに合わせて、ボトルをひっくり返すようにしながらドラム缶の中へ注ぎ込む。火花が全員の顔を赤く照らした。清水が、バラバラになった肉が詰まったゴミ袋をタウンエースに戻し、川までの道のりを地図で再度確認した。海が近いから、流してしまえば見つかることはない。親指の骨についた血を水で洗い落とした岩村は、高岡がスカイラインのトランクから取り出した桐の小箱に入れた。蓋をした高岡は、タウンエースのエンジンをかけた清水と、ドラム缶から上がる炎をじっと眺めている向山を代わる代わる見ながら、岩村に言った。
「これで、一連の流れは完了やな」
「そうですね」
岩村は短く答えると、切れ長の目を一度高岡に向けた。
「この四人で、やるんですか?」
「新規加入は、いつでも歓迎や」
高岡が言うと、岩村は返事の代わりに浅くうなずいた。高岡は岩村の背中をぽんと叩き、笑った。
「あとは、名前やな」
高岡は、去年まで岩村のことを知らなかった。知るきっかけになったのは、暴力団員の射殺事件だった。職務中とは言え、被疑者に三発を撃ち込んで殺した岩村は、出世の道を閉ざされたも同然だった。機動隊に顔が利く高岡には、訓練費という名目で使える資金があった。高岡の周りにいる、見栄としがらみでがんじがらめに縛られた人間たち。訓練費を捻出した男もまた、高岡が弱みを握っている中の一人だった。目的さえ崇高であれば、手段は問わない。高岡は、説得する必要もなく自身の考えを受け入れた岩村の事を、頼もしく思っていた。警察組織は、必ず一定の確率で初動捜査に失敗する。運よく逃げ延びた連中には、ムショ暮らしよりもはるかに痛い目に遭ってもらう。
「自分はこれで失敗しましたから……」
岩村は薄笑いを浮かべながら、手で拳銃の形を作った。高岡は笑った。あのちっぽけな拳銃は、サクラと呼ばれる。
「桜に鈴で、桜鈴会やな。その名前で行く」
岩村は苦笑いしたが、嫌がっている様子もなかった。高岡はしばらく黙っていたが、念押しするように小さくうなずいた。
殺した後はバラバラにして、骨は焼いて肉は川へ。親指の骨を残して、桐の箱へ保管する。死刑宣告の手続きは決まった。高岡は、岩村の血まみれの制服からペンを引き抜くと、箱の蓋に『一』と書いた。
作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ