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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hail mary pass

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【10】


二〇一八年 一月十二日 夜

 電気が一箇所だけ灯った集落。その数百メートル手前で、高岡はスカイラインを停めた。足音を殺しながら山道を登り、途中幾度となく息をついた。それでも和馬の家が見えるギリギリの位置まで歩いて、様子を伺った。居間の電気が点いている。微かに聞こえてくるのは、テレビの音だった。金網の破れた箇所を潜り抜けて、真っ暗な側から近づく。徐々に目が慣れてきて、耳に伝わる様々な音が鋭くなった。高岡は、横倒しになった洗濯機の真横を通り、電気が点いている部屋を外から覗き込んだ。
「何してるんです?」
 後ろから声がかかって、高岡は四五口径が収まったポケットに手を入れたまま、振り返った。寒そうに、両手を上着のポケットに突っ込んだ和馬が立っていた。
「ちょっと外に出とったんです。雪がすごくてね。中、入りましょか」
「いや、ここでええわ」
 高岡は呟いた。そして、言った。
「なんで嘘をついた」
 和馬が黙っていると、高岡は続けた。
「稲本から全部聞いとる」
 和馬はその名前に聞き覚えがない様子で、首をかしげた。高岡は説明すること自体もどかしく感じて、先を急いだ。
「あの箱の中身や。お前は、自分がやった最後の殺しやて、こないだ言うてたな。三十人目やって」
 和馬がうなずいて、何かを言おうとするのを高岡は遮った。
「中身は、複数人の骨」
 自身の言葉と矛盾しても、和馬は顔色ひとつ変えなかった。高岡は続けた。
「一人は、勝馬や。お前の弟やぞ」
 和馬は、その名前を数十年ぶりに思い出したように、宙を仰いだ。そして、言った。
「自分は、あの仕事を誇りに思ってました。だからこそ、許すつもりはありませんでした」
 高岡は、ポケットの中の四五口径に神経を集中させた。和馬は言った。
「自分だけが知っとるいうのが、辛かったんもあります」
「何の話をしてるんや?」
「八六年から九四年までの殺しをやったんは、向山です。清水と勝馬は、弥生も仲間に入れて、裏でシャブを回してた」
 高岡は、自分だけが蚊帳の外に置かれていた事実を知って、呆然と立ち尽くした。和馬は続けた。
「自分は、桜鈴会としての義務を果たしたまでです」
「あの箱の中身は、勝馬と……」
 高岡は呟いた。和馬が補うよりも前に、残りを吐き出した。
「向山と……。お前、清水の妹には子供がおったんやぞ」
「それが、桜鈴会の仕事でしょう。やから、箱に入れたんです。いずれこうなったときに、高岡さんとまた会えるやろうと思ってね」
 和馬は、二十数年前の光景が突然目の前に現れたように、呟いた。
「みんな、わが身可愛さや」
 突然口調を変えた和馬に、高岡はたじろいだ。一歩踏み出して、言った。
「何を言うとるんや」
「高岡さん。当時の人間を探せって、最初に言いましたよね。見つけたらどうするつもりやったんです? 俺に言うて自分でやらんかったんは、俺やったら引き金を引くて思ったからでしょう」
 高岡は黙った。それは最悪の事態になった場合だと言い返しかけて、気づいた。関係者を先に消すということ。頭の中で、常にそれは選択肢にあった。和馬は一瞬笑顔を見せたが、すぐに消した。
「お互い、芯は変わってないんですわ。人生は楽しかったですか?」
 和馬の手が動き、ポケットから取り出した銀色の拳銃が光った。高岡はポケットの中で引き金を引いた。同時に銃声が鳴り、先に高岡が倒れた。和馬は片膝をつき、雪の上に血の塊を吐いた。四五口径は、鳩尾の真下に命中していた。高岡は、右の肺に開いた穴を庇いながら、仰向けになった。和馬はすぐ横まで這っていくと、高岡に言った。
「すみません、頭を狙ったんですが」
 高岡はそれを聞いて、力なく笑った。
「下手くそが」
 雪がちらついて、二人が死ぬころには本格的に降り始めた。

作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ