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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hail mary pass

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【9】


一九九五年 十月十二日 夜

 灰野家の父親が亡くなった通夜の日。勝馬と数ヶ月ぶりに顔を合わせた和馬は、もうその目を見る気になれなかった。清水と同じで、焦点がぼやけているのに決して眠そうではない目。兄弟や、幼馴染だけが分かるのかもしれなかった。その証拠に、高岡と岩村は二人とやり取りを交わしていても、特に気に留めていないようだった。
 喪服姿の清水と勝馬が外で立ち話をしている間、和馬は久々に顔を合わせた親戚の相手をしながら、弥生が幾度となく、自分の方を見ていることに気づいた。親戚のほとんどが帰ったあと、会館の二階で遊んでいた浩が降りてきて、和馬を見つけると手で拳銃の形を作った。和馬は右手を同じ形にすると、背中に隠す振りをした。それが今作られた最も面白い遊びであるかのように、浩も同じように背中に手を隠した。和馬が銃を抜く振りをすると、浩は先に右手を掲げて、去年真っ暗な家でやったように、銃声を真似て笑った。和馬は笑いながら言った。
「速いなあ」
 浩と会うのは、一年ぶりだった。あのクラブでの一件以来、和馬は集落からも遠ざかっていた。しばらく遊んだ後、眠そうな目をする浩に気づいた祖母が手招きし、祖父と一緒に外へ出て行った。和馬は斜めに折れた座布団を広げると、静かに座った。寝ずの番は自分がやる。母は病気がちで、すでに家に帰っていた。
「和馬くん」
 弥生が隣にしゃがみこんで、名前を呼ぶのも申し訳なさそうに言った。和馬は立ち上がると、洗面所へと歩いていった。すぐ後ろをついて歩いてくる弥生は、足音を殺しているように静かだった。和馬は洗面所のシンクの前に立つと、銀色に光る淵を掴んだ。浩が真っ暗な家に一人で残された日。あの日、弥生と目を合わせようとはしなかったのは、ただ怒っていたからではなかった。最悪な想像が現実になるのが、怖かったからだった。しかし、こうやって顔を合わせている以上、もう逃れられなかった。和馬は俯いたまま言った。
「お前も、シャブやっとるんか」
 しばらく沈黙が流れた後、弥生は首を横に振ろうとして、唇を噛んだ。嘘を突き通せない正直さが根にありながら、簡単に悪い方へと流れていく芯の無さが悲しかった。和馬は歯を食いしばりながら、言った。
「いつからや?」
 弥生は答えなかったが、和馬もそんな答えが知りたいわけではなかった。
「お前、自分の子供の顔も分からんようになりたいんか」
 和馬が言うと、弥生は肩をびくりと震わせた。いきなり頭を掴んで殴られた子供のようだった。
「浩には、お前しかおらんのやぞ」
「ごめんなさい、もう長いことしてへんから。和馬くんは警官やのに、私がこんなんやったら……」
 弥生はそう言いながら、一歩近寄った。親をなだめるような他人行儀な言葉も、卑屈な物分りの良さも、全てがこの空気を乱しているように感じた。
「俺は関係ない。お前と、お前の家族の話や」
「和馬くん」
 弥生が伸ばした手を、和馬は力いっぱい振り払った。
「出ていけ。今日はうちの家の通夜や」
 どんな顔をして出て行ったのかも、和馬は見ようと思わなかった。誰もいなくなってからも、ずっと考えていた。借金を返しながらずっと呪ってきた灰野家の名前。最後にそれを使ったことで、目の前に横たわる棺桶すら憎く思えた。

 次の日の夕方、和馬はハイラックスに乗り込み、ほとんど眠っていない頭をすっきりさせるために、何枚もガムを噛みながら山道を走らせた。相談できる相手は、一人しか浮かばなかった。自分が知っている全ての事を、包み隠さず伝える。相手が果たして何と言うのか、純粋に気になった。
 田舎道にある定食屋。そこに一台だけ、セダンが停まっていた。年代物で、あちこち傷が入ったルーチェ。和馬はハイラックスのシートの下から紙袋を取り出すと、中から四五口径を抜き出した。上着のポケットに隠して、砂利敷になった駐車場を歩いた。誰にも守られることなく銃を持ち歩くのは、吐き気がするぐらいに緊張感があった。
 暖簾をくぐると、店主が『いらっしゃい』と声をかけ、テーブル席で新聞を読んでいる岩村が顔を上げた。立ち上がろうとするより前に、和馬は向かいに座った。岩村は新聞を畳んで傍らに置くと、口をへの字に曲げた。
「よう、分かったな」
「その、マッチですよ」
 岩村が煙草に火をつけるとき、決まって取り出していたマッチ。八五年、交番の仮眠室で初めて岩村と対面した日。煙草を吸うときに使ったマッチには、この店の名前と電話番号が書かれていた。
「最初からお見通しやったわけやな。大したやっちゃな」
 岩村はカウンターに顎をしゃくった。
「なんか食うか? おごりや」
「いいえ、そんな用事で来たわけやないんです」
 和馬が言うと、岩村は観念したように宙を仰いだ。
「飯屋に飯以外の用事で来るやつがおるか? 人の飯の時間は、邪魔するもんちゃうぞ。まあええわ。なんや?」
 和馬は、堰を切ったように話し始めた。向山が連続殺人の犯人である可能性が高いことと、勝馬が清水と組んで覚せい剤中毒になっていること。しばらく黙って聞いていた岩村は、マッチ箱を取り出した。煙草を一本取り出して口にくわえたが、火は点けなかった。
「清水には妹もおったな。しゃべりの家系や」
 岩村は家族構成をくまなく覚えていた。和馬がうなずくと、岩村は、火の点いていない煙草をくわえたまま続けた。
「この煙草が、今なんて思とるか、分かるか?」
 和馬が答えられずに黙っていると、岩村は言った。
「はよ火つけんかい、や。本人は燃えてなくなるけども、それが仕事やからな」
 岩村は煙草に火をつけて、煙を深く吸い込むと、宙に吐いた。そして、和馬の目をまっすぐ見ると、言った。
「警官の本懐はなんや?」
「公共と市民の安全を守ることです」
 和馬が即答すると、十年前と変わらない答えに満足したように、岩村はうなずいた。
「ほな、それをやらんかい。お開きや。いらんことしいは、全員消せ」
「高岡さんの許可は……」
 和馬が言うと、岩村は笑った。
「ほなお前、なんで俺のとこに来た?」
 和馬は、テーブルの下に隠した四五口径の安全装置を下ろした。かちりと金属音が鳴り、岩村は笑顔を消した。和馬は言った。
「捜査費をもらいに来ました。解散になっても、食い扶持がいるんで」
 岩村は座席の傍らに置かれた紙袋に手を突っ込み、袋のままテーブルの上に置いた。固い塊とテーブルがぶつかる音が鳴り、その中に収まっている塊の正体を悟った和馬は、言った。
「店主が見てますよ」
「あいつは、俺がこの場でお前を殺しても、何も言いよらん。お前が同じことをやったら、それは知らん」
 岩村は続けた。
「結局、お前も金か。真面目な話させよって」
 和馬は直感で思った。お前『も』というのは、自分以外に誰を指している? 恐らく清水のはずだ。
「清水も抜けたがってるんですわ。幼馴染の縁もあるんで、山分けです」
 それを聞いて、岩村はしばらく黙っていたが、やがて笑顔を取り戻した。肩を揺すって笑いながら、それでも目を逸らすことはなかった。
「お前は、おもろいやっちゃな。ここまで嘘の下手なやつも珍しいわ。全員消す覚悟ができたちゅうことやな?」
作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ