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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hail mary pass

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【8】


二〇一八年 一月十二日 夜

 和馬がついた嘘の理由が分からないまま、一週間が過ぎようとしていた。正月が明けた世間は再び騒がしくなり、理由もなく高岡を焦らせた。誰かを庇おうとしているのでない限り、辻褄が合わない。敦子が食後のコーヒーを持ってきて、二人でテレビを見ながら飲んでいても、頭の中のもやは晴れなかった。
「……、お父さんにも関係ある話なん?」
 敦子が不意に言った。高岡が顔を向けると、敦子は続ける代わりにコーヒーをひと口飲んだ。高岡は首を横に振った。
「いいや。でも、関わった事件の一つではあるからな」
「いつもと違って、現役時代に戻ったみたいやから」
 敦子は少し寂しそうに、目を伏せた。その理由ははっきりしていた。この家庭があることが不思議なぐらいに、高岡は家庭を顧みない父親だった。地獄のような忙しさだった九五年が終わり、その次の年から、高岡は家族と初めて真正面から接した。
「当時は色んなことがありすぎて、忙しかった。今はこうやって、座って考えとるだけやから。現役には程遠いよ」
「でも、目がな」
 敦子は呟いた。高岡は観念したように、うなずいた。結婚して四十年になる。当時の目つきを、今でも焼き付けているに違いなかった。殺しの後は必ず『大丈夫?』と聞かれた。夫の目のかすかな変化を、敦子は一度も見逃さなかった。高岡は言った。
「昔の部下も関係してることなんや」
「稲本さん?」
 高岡は首を横に振った。そのあと敦子が挙げた名前は全て、答えにはほど遠かった。それも当然で、敦子は、岩村や清水、灰野兄弟のことは存在自体知らないはずだった。
「もっと昔の部下や」
 言いながら、かつての仲間だった人間の顔を、高岡は思い浮かべた。死ぬことが運命付けられていたように、自分の立場を危うくしていった清水。九五年の夏に交通違反で捕まったときに、公務執行妨害で現行犯逮捕された。そしてその時、桜鈴会の名前を出したのだ。幸いにも、その警察官と岩村が顔見知りで、大きな問題にはならなかった。ただ、終わりのときが近づいているのは、確かだった。
「友達の友達みたいな?」
 敦子が空いたカップを片付けながら言った。
「そうやな」
 高岡は生返事をしてから、不意に思い当たった。清水には、妹がいたはずだった。何度か顔を合わせたことがあったし、和馬や勝馬とも付き合いがあった。
「変わらんなあ」
 高岡の目の光を見た敦子が、呆れたように言った。
「今日もビール飲まんかったもんね。思うようにやって」
「悪い、電話一本かけさせてくれ」
 高岡は、和馬の携帯電話を鳴らした。しばらく鳴らしてようやく電話に出た和馬に、高岡は言った。
「すまん急に、何か進んだか?」
「いいえ。誰も連絡はつきませんね」
 高岡はまだ頭で整理がつかないまま、言った。
「清水の妹は当たったか?」
 和馬はそれには答えず、沈黙が流れた。耐え切れなくなって、高岡は続けた。
「何か知っとるんちゃうか?」
「どうでしょうね」
 和馬は、まだ歯切れが悪かった。昨日の嘘を引きずっているような煮え切らなさに、高岡は苛立ちを覚えた。
「ちょっと、その線も当たってくれんか」
「はい、分かりました。ちょっと電話ついでで申し訳ないんですが、今から会えませんか?」
「今から? もう十時やぞ」
「ちょっと、気がかりなことがあるんです。飲んでしもたんで、家まで来てもらえませんか」
 喉まで出かけた文句を飲み込んで、高岡はうなずいてから、言葉で伝えた。
「分かった」
 まずは、お前は嘘をついたと面と向かって言ってやればいいだろう。誰も連絡がつかないという言葉自体、すでに信用できなくなっていた。
「敦子、すまん」
「いいよ、行ってらっしゃい」
 高岡はスカイラインに乗り込んだ。この数日間で何度も通った高速道路。追い越し車線を走っているときに、携帯電話が鳴った。稲本からで、時間のことを考えていないのは、皆同じだった。苦笑いしながら電話を取ると、稲本は言った。
「お久しぶりです。ええっとですね。一人だけ割れました」
 高岡は走行車線に戻って、スピードを落とした。嫌な予感が頭を巡った。
「灰野勝馬」
 心臓に鉛が落とされたように感じた。高岡は、一瞬でからからに乾いた喉を鳴らし、声を絞り出した。
「他は?」
「まだ不明です。ちっさな骨が何本もあるんで、何人分かも正直ちょっと」
「女の骨は? なかったか?」
 頭の中で巡る考えは、最悪な方向へと向かっていた。
「いえ、まだそこまで進んでないんですよ。分かり次第、また連絡します」
 稲本の言葉は揺るぎなかった。それこそ警察官の持つべき資質であり、顔も知らない多くの市民に法を守らせる説得力になる。同時に、和馬の顔が浮かんだ。その、凶器にもなり得る生真面目さ。九五年の秋、全員が神隠しにあったようにいなくなった。それは全員が死んでいて、三十番目の箱に収められているからなのか? 高岡は高速道路を降りた。ナトリウム灯に照らされた国道を走りながら、考える。直感がハンドルを切り、高岡はかつて使っていた廃倉庫へ続く林道へと入った。大きく回り道することになるが、今自分が考えていることを実現するには、必要なものがあった。
 倉庫の錆びた錠前は、二十四年前から開けられた痕跡はなかった。キーホルダーの鍵束。どうしてそれを持ち続けていたのか、自分でも分からなかった。この時が来るのを、待っていたのかもしれなかった。錆がぼろぼろと落ちたが、鍵は回った。高岡は倉庫のドアを横に開いた。昔は片手で開いたが、今となっては体重をかけても重く感じた。
 懐中電灯を片手に歩きながら、床に積もった砂を足で払い、柱にチェーンが取り付けられた金庫を手元へと手繰り寄せる。別の鍵とダイヤルで、金庫が開いた。薄くオイルを纏った四五口径。部品は全て分解して保管され、錆ひとつなかった。製造番号は削り取られている。九四年からずっと、この場所にあった。一緒に保管していた軍手をはめて工具を手に取り、ひとつひとつの部品を組み上げていく。乾燥剤にくるまれた弾は、当時手に入ったミリタリーボールで、七発あった。和馬が最後の一年に使っていた銃。弾倉に七発とも押し込み、高岡は倉庫から外へと出た。元通りに鍵を閉めて、スカイラインの運転席に座ると、不意に力が抜けた。
「……お前は真面目すぎたんや」
 高岡はそう呟くと、しばらく宙を見つめてからエンジンをかけた。

作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ