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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hail mary pass

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「引き止めてごめんね。もう来んと思っとったから」
「誰が?」
「和馬くん。色々あったもん」
 弥生は自分のコーヒーをひと口飲んだ。和馬はしばらく宙を見ていたが、ほどなくしてうなずいた。
「まあ、生きてたら色々あるよ。そういや、お子さんは?」
 その言い回しに、弥生は笑い出した。
「お子さんって。浩っていうんよ。今は昼寝してるわ」
「どれぐらい経つんやっけ?」
「半年ちょっとかな。もう普通に大人みたい」
「さすがにそれはないやろ」
 和馬が笑っていると、弥生は立ち上がった。手招きされるままに隣の部屋に入ると、ベビーベッドの中で寝息を立てている浩がいて、和馬は息を殺して手を振った。突然浩が目を開けて、弥生と和馬を代わる代わる見た。
「おはよう、和馬おじさんやで」
 弥生が言うと、浩は泣くこともなく、和馬に向かって手を伸ばした。和馬はゆっくりと手を伸ばして、ガラス細工を触るようにその手を握り返した。ぎこちない握手が終わり、和馬は小さく息をついた。
「緊張するわ。よろしくね」
 弥生は呆気にとられた様子で見ていたが、不意に和馬から目を逸らせた。
「どうした?」
 和馬が弥生の顔を覗き込もうとすると、弥生は涙をぼろぼろと零しながら逃げ回った。
「……びっくりした。だって、今までこんなことせんかったもん。お父さんの手とか、噛んだんやで」
「怪獣に見えたんやろ」
 和馬が言うと、弥生は無理やり笑うように、肩を揺すった。
「私がしっかりせなあかんねん」
「今そう思ってんのやったら、大丈夫や」
 和馬は弥生の背中をぽんと叩きながらそう言ったが、確信は全くなかった。浩が唯一握ることを決めた人の手が、これまでに四人を殺しているということだけが、頭に深く刻まれた。
 飲みかけのコーヒーを肴にしばらく思い出話をした後、弥生が言った。
「お兄ちゃんがな、警察の仕事手伝っとるって、言うとった。なんかすごい人らなんやって。和馬くんも知っとる人かな?」
「そうなんか。ゆうちゃんは会社が忙しいんちゃうか」
「社長やから、変な服着てふんぞりかえっとるだけやて」
 弥生は笑いながら、抽斗から封筒を取り出した。手紙と一緒に入っていたらしい写真は、セメントミキサーの前で笑う清水社長の近影。弥生の言う『変な服』は、清水が昨日着ていたセーターだった。
「似合っとらんな」
 和馬が言うと、弥生は声を出して笑った。
「そやろ、笑ってるんも、なんか変な感じ」
 写真を見ながらしばらく笑った後、帰りがけに弥生が言った。
「また来てな。今度はお茶入れるから」
「お茶の葉っぱ持ってくるわ。ごちそうさま」
 和馬はハイラックスに乗り込み、実家の前を素通りして林道を降りていった。エンジンブレーキが利いていても重い車体はどんどんとスピードを上げていき、和馬はブレーキに頼りながら、国道に出たところで大きく息をついた。今頭に浮かんでいるのは、セメントミキサーの前で呑気に笑う清水の顔だった。どうして、弥生に仕事の話をしたのか。

作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ