タイム・トラップ
本当は不安のない人生を歩んでいるはずなのに、言い知れぬこの不安は、完全に想定外だった。それでも、いずれ何かの結論にぶち当たるはずだ。その契機が、三十代に待っているように思えてならない。自分と一緒に過去に旅立った桜井が、江崎を待ってくれているはずだからだ。
実際に三十代になり、桜井の出現を待ちわびていると、ふいに立ち寄ったスナックで、
「そうだよ。俺はこの間まで五十歳だったんだ」
というおかしな男が目についた。
その男は、見たことはあるが、誰なのか分からなかった。
その時、店の女の子から、
「江崎さんは、いつもそんなことばかり」
と言っていた。
――江崎?
聞いたことはあるが、誰だったんだろう?
「お客さんは、ここ初めて?」
女の子からそう声を掛けられた男は、
「ええ、松永と言います。以後、お見知りおきを」
というと、
「松永さんね。私、慶子といいます。よろしくね」
その笑顔に吸い込まれそうになっていると、こちらをじっと見ながら頷いている男がいたようだ。
「桜井さん、小説の方は進んでますか?」
そう言われたその男は、
「ええ、進んでいますよ。もうすぐ完成です」
と言いながら、自己紹介をしている松永を見ながらほくそえんでいた。
「ふふふ、すべては私の小説の通りだ」
松永と呼ばれた白髪の紳士は、五十代前半という年齢であろうか……。
( 完 )
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