カケイケンの由紀
まず電話を掛け、ここ4~5年以内にロシアンブルーの去勢手術の有無を確かめ、それと思わしき事案が出てきた場合は捜査員らが直ちに急行し、直接飼い主を確認する。上司「まだ、捜査の網にはかからないか」立花 学「それが、希少種とはいえ人気の品種だそうで、かなりの件数に上っています」上司「まだ始めたばかりだからな、先は長い、気を入れながら徐々に範囲を広げてやってくれ」やがて、数日のうちに郊外に立つ柔らかな淡紅色の外壁をもつ、さくらアニマルクリニックセンターから、問い合わせの件についてそれと思しき事案が複数件あったとの一報があったのである。
さっそく学(まなぶ)は同僚の捜査員と共に急行したのであった。そこは、美しい緑の庭に囲まれた外観で、動物病院というよりも瀟洒なレストランのような趣を漂わせ、入院室、集中治療室などの施設とデジタルX線画像診断システムやレーザーメスなどの設備を完備した病院であった。やがてロビー奥へ通され、ロココ調の優雅な曲線の美しい椅子に腰かけ待つこと数分、診察室奥より出てこられた方はなんと年の頃は32~33歳の端麗な女医の方であった。
女医「当クリニックセンターの院長をしております山城さくらと申します」立花 学「本日は、お忙しい所を捜査にご協力していただき誠に有難うございます。私は警視庁捜査1課の立花とそして同僚の澤田と申します」と言って手帳に挟めていた写真を取り出し院長に手渡したのであるが、その一枚目の現場写真を見ても、院長「確かに、以前から女性の方のロシアンブルー去勢手術は何度もいたしておりますが、この写真にあるようなタイトスーツを着た方となると、はっきりとは記憶にございませんが・・それに容姿も、・・・でもー」と言いながら二枚目の猫のブローチを写した写真を目にすると直ぐに顔色を変え、院長「この・・ブローチは確かに見覚えがございます、・・・なんでも、欧州旅行をされた折、ひどく気に入られて求められたとかで、とても高価なものだと仰られてました」やがて、女性スタッフに当時のカルテを持ってこさせて、院長「これが、その方のカルテですが」と言って捜査員に手渡したのであった。
それには、住所 氏名 自宅電話番号がしっかりと綴られており、それを見た同僚が、ついにやりましたね学さんと、肩を叩いたのであった。そのカルテに隈なく目を通していた学は、立花 学「この方は、何度か来院されていたようですね」院長「はい、最初見えられた時は、この子(ロッシュ)の排便がなかなか思うように出来ずに辛そうにしていたので、色々と病院をあたっては見たものの、結局治らずじまいで、そして訪ね歩いて当院に来られたそうですが」院長「そこで、デジタルX線画像で診断したところ、下腹部に人の拳大ほどの便が滞留しており、全身麻酔で毛が絡まった状態の便を取りだしました」院長「この子はもともと、排便に難点があるようすで普通の食事では解消しないと言う事を伝え、フランス産のロイヤルカナン消化器サポート(可溶性繊維) ドライをお勧めした所、翌日にはもう便通があったとお喜びの様子でお電話を頂きましたのに」立花 学「その後、去勢手術を受けに来られたのですね」院長「はい、そのおりは年の若い男性の方と見えられて、とても仲睦まじそうにしていらっしゃいましたが、ですがこのような事件に遭われようとは、・・とても心が痛みます」と、少し沈まれた様子の院長を励ますように、立花 学「犯人逮捕に全力を尽くしますので、お気を落とされないでください、このカルテは頂いて参ります。・・捜査御協力有難うございました」院長「これも何かのご縁ですし、・・実はわたくしの末妹も警察庁に努めておりますの」立花 学「どちらの方に・・・」院長「はい、科学警察研究所に勤務いたしております」立花 学「えっ ! では山城さゆり技官は、御妹さんになられるのですか、これは驚きました」院長「はい、あの子は昔から学究肌のような所がありまして、何事も突き詰めるような性格でしたが、何かお役に立っておりますでしょうか」立花 学「とんでもない、今回の毛根からDNAを採取しての、ロシアンブルー特定に至ったのも山城技官のお手柄です」院長「そうでしたか」と言って、笑みを浮かべられたので、それを見てほっとした立花 学と同僚の澤田はすぐさま警視庁へと、とって返したのであった。
直ぐに事のあらましを上司に報告すると、上司「この夫と思しき男性が容疑者として、かなり濃厚に浮かび上がってきたようだな、よし、逮捕状と捜索・差押許可状を直ちに刑事課長に請求してもらうから、君らは捜査員を集めて待機していてくれ、それと被害者の住んでいたマンションは、3階だとの事だから、踏み込んだ際、ベランダから飛び降りる事も考えられる、通り沿いにクッションを用意して、救急車も待機させておくように」そして令状はすぐに下り、捜査員のったマイクロバスは警視庁を出発したのであった。場所は、東京中野区神田川に架かる南小滝橋近くの8階建てマンションであった。
南小滝橋は大東橋から小滝橋にかけての神田川沿いにある「神田上水公園」の途中にある橋で、ランニングコースとしても附近住民に親しまれているこの公園は、毎年3月末から4月頭の桜の満開の時期になると花見の客で賑わう、古きよき江戸の風情を残した街並みであった。やがて現場へ到着した一行は、まず、表通りに面した歩道にクッションを敷き詰め、街路樹の影に救急車を待機させ、各逃走経路を断つため課員を配置させ終わった頃合いを見計らい、ビル管理会社の専任担当者立会いの下、上司につづいて立花、澤田の両名が踏み込むべく、被疑者がいるものと思われる3階のマンション玄関入り口に詰め寄ったのであった。やがて、手配りを確認した上司は、ゆっくりと深くドアホンを押し、軽くドアをノックしながら、上司「桜木陽子氏殺害の件について、少々お話を伺わせて頂きたいのですが、よろしいですか」と、その時奥で、かすかな猫の鳴き声と共にゆっくりとドアに向かって近づいてくる気配を感じた立花と澤田は、一瞬身構えたのであるが、上司は落ち着いて少しドアから離れ見守ったのであった。