赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60
稜線に起伏の少ない草原の道が、どこまでも続いていく。
標高からいけばこの一帯には、針葉樹の林帯が存在してもいいはずだ。
だがここの厳しい気候と地形が、そうした景観を許さない。
飯豊連峰は、世界的に有数な豪雪地帯として知られている。
日本海から吹きつける豪雪のため、稜線の上では、樹木が一切育たない。
風が吹き付ける西側には、比較的緩やかな斜面が残っている。
しかし。東側は景観が一転する。
深くえぐられた谷が、いくつも連続して現れる。
風に吹き飛ばされた雪が、東側の斜面に大量に降り積もるからだ。
大量に蓄積された雪が春には雪崩となり、東側の山肌を鋭く深く、
削り取っていく。
高山植物たちもまた同じことだ。
乾燥を好む花は、稜線の西斜面一帯に群生する。
いっぽう。湿地を好む花たちは急峻な東の斜面に根を下ろす。
飯豊連峰は痩せた稜線を境にして、長い時間をかけ、東西非対称の景観を
じわじわと形成してきた。
「へぇぇ。猛禽類のイヌワシや、クマタカが住んで居るの。ここには?」
「居るよ。あたり前だ、清子。
ここは東北地方がほこる大自然のど真ん中だ。
イヌワシもクマタカも、翼を広げると2メートルを超える大型の鳥だ。
翼を広げて空中から、大草原の中の獲物を探すのさ。
雪渓が残っているこの草原の中には、わたしたちの目には見えないけれど、
猛禽類の餌になる、たくさんの小動物たちが住んでいるんだ。
愛嬌者のオコジョなんかが、有名だわね」
「オコジョ?。」
「猫の仲間で、体長が20cmくらいになるイタチ科の小動物。
別名は、ヤマイタチ。行動はとにかく素早い。
登山の途中で時々みかけるけど、ヒョイと人の前に現れたかと思うと、
あっというまに消えてしまう、ひょうきんな奴さ。
ほら。遠くでチチッ、チチッと鳴いているのが聞こえるだろう。
あれがオコジョの声さ」
『あっ、』清子が突然、大空を見上げる。
青空のはるか彼方に、悠々と翼を広げ、上昇気流に乗る鳥があらわれた。
『イヌワシかしら、それともクマタカかしら・・・
遠すぎて、よく分かりませんねぇ』
額に手をかざした恭子が、目を細めたまま浮遊する姿をうかがう。
悠然と上空で旋回を繰り返していた大きな鳥が、ふと、1点に狙いを定める。
どうやら獲物を見つけたようだ。
角度を変えた大きな翼が、ひらりと動く。
つぎの瞬間。まるで落下ような角度で、下っていく。
大空を滑空した黒い塊が、地上スレスレまで一気に落ちていく。
「狩りかしら。草原に向かって舞い降りていくもの・・・」
風を切って舞い降りた影が、草原に向かって鋭い足を伸ばす。
2度3度と地上で羽ばたいたあと、上空へ向かってふたたび舞い上がっていく。
『獲ったのかしら・・・』『さぁ。遠すぎてよく見えなかったけど、獲ったのかなぁ』
2人の頭上にいつのまに現れたのか、もうひとつの大きな鳥が、
ぐるぐると旋回していく。
『よかったわねぇ、たま。あんた、あんな大きな鳥の餌にされなくて』
『冗談じゃねぇぞ。
オイラは、山に、可憐な高山植物を見に来ただけだ。
それにしても初めて見たが、でかい鳥だったなぁ。
あんなのに狙われたら、オイラなんかひとたまりもねぇ。
もう2度と出ないぞ。オイラ、せっかく入った、恭子の懐の中から!』
(59)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60 作家名:落合順平