赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60
別の説もある。
その昔。小松村(現在の川西町)に、飯豊山を深く信仰している女がいた。
男の3倍も5倍も精進したら、女人禁制の山に登っても罰は当たらない
だろうと考えた。
100日間の精進を済ませたのち、飯豊山に登りはじめる。
ところが頂上まであと一息という所で、なぜか急に疲れを覚える。
道端の石に腰を下ろして一休みした。
そのまま女は、路傍の石に化してしまったと言う。
草履塚のピークを一旦下った所に佇む地蔵さんには、このように昔からの
さまざまな言い伝えが残っている。
地蔵の存在は、飯豊山信仰におけるひとつの象徴であり、同時にすぐ
間近に迫った難所を越えるための、安全祈願の場にもなっている。
「いよいよ登山道最大の難所、御秘所(おひそ)に到着しました。
難所中の難所と言われている岩場です。
慎重に歩いていけば、それほど難儀をするわけではありません。
でもね。かつては、飯豊神社へお参りする参詣者たちにとって、
一大決心が求められた岩場です」
「決心が求められる岩場ですか・・・それはただ事ではありませんねぇ・・・」
「御秘所の岩場を越えるためのルートは、3つある。
頂上近くを越えていく上段の道は、『山橋』と呼ばれている。
どちらかといえば、比較的容易な道だ。
下段と呼ばれ、岩裾を回り込んでいく道が、もっとも容易なルート。
しかし多くの参詣者たちはあえて、もっとも険しいと言われている
中段の絶壁を選ぶ。
身体を岸壁に密着させながら前進していくんだ。
その昔。このあたりが修験者たちの鍛錬の場だったという名残だろうね」
「修験者たちの岩場ですか・・・・道理で険しいはずです」
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60 作家名:落合順平