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短編集8(過去作品)

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 テーブルを見るとほとんど人で埋まっていた。雑誌や新聞を片手に、コーヒーカップを口に持っていく姿、店内を奏でるクラシックのメルディーを聞きながらのリッチな感じに見えてくる。
――ほとんどが常連なのだろう――
 皆落ち着いているように見える。全体を見渡した光景にまったくの違和感はなく、そのまま絵を描いたとしたら、皆しっかり芸術作品の一員になっているに違いない。
「カウンターしか空いていないな」
「そうですね」
 私が見つめていたのと違う思いで見つめていたであろう課長が、即すように言いながらカウンター席へと向かった。もちろん私もその後を追うように進んでいった。
 カウンターにはなぜか人はいなかった。
「いらっしゃいませ」
私たちが奥のカウンターへと進み腰を下ろすと、赤いエプロンをした女の子がおしぼりを出してくれた。
さすが飲食業、長い髪の毛を後ろで結び、ポニーテールがかわいい彼女はそれほど大柄ではなさそうなのだが、カウンターから見下ろされているのを見ると、何となく大柄な気がしてくるから不思議だ。
課長は元々ポーカーフェイスで、何を考えているか分からないところがあった。上司としてクールな目で部下を見ている分にはいいが、営業としてどうなんだろうと考えたことがある。
しかしその心配は無用で、実際営業成績はトップクラスである。しかも昔からの常連の客には人気があるらしく、担当が変わらずいるところは、顧客からのたっての願いだと言うから、世の中どうなっているかよく分からないものだ。
 すかさず目の前に冷たいおしぼりを手に取った私は、地獄に仏と一気に顔を拭った。そんな私の顔を満面の笑みを持って見つめる彼女に対し、照れ笑いを返した私は、彼女が以前から知り合いだったような錯覚を感じていた。
 私とは対象的に、課長はゆっくりと丁寧に使ったおしぼりを畳んでいる。几帳面な性格とは聞いていたが、これだけ落ち着いているとは思わなかった。
 中学時代の友達に、やたらと落ち着いているやつがいた。周りの友達から一目置かれ、落ち着きのなかった中学時代の私にとって尊敬の念すら抱いていた。
 しかしあれはいつだったであろうか。他の友達が万引きで捕まったことがあった。その友人は我々の仲間の中でもあまり目立たないタイプで、存在感が少し薄めのやつだった。万引きにしてもそんな彼に目をつけた不良グループが、断りきれない彼の性格を利用してやらせたものだったのだ。
 それを知った仲間は、彼に同情こそすれ軽蔑など決してしなかった。彼が停学処分を受け、戻ってきてから暖かく迎えた我々の友人として彼が立派に更正したことは、中学時代の思い出の中でもよかったことの一つだった。
 潔癖症というのだろう。
 落ち着きのある友人だけは違った。それからというもの、万引きをした友人と口を利かないのはおろか、露骨に嫌な顔をしたり、嫌がらせに走ったりしていた。嫌がらせといっても、それほど陰湿なものではないが、他の人にはっきり嫌がらせと分かる行動は、私の目には許しがたいものに映ってしまう。
 それからであろうか。どうも必要以上に冷静になりきる人を見ると、生理的に近寄りがたいと自分から避けるようになっていた。
 最初、課長にしてもそうだった。会社の上司でなければ口を利くことすらなかったであろうと思えるほどで、本当に嫌な日々が続いていた。
しかも私は顔に出るタイプである。露骨に浮かべていたはずの嫌な顔を課長が気付かないはずもないはずだ。
――それでも私に誘いかけてくれる課長は何を考えているのだろう――
 私の見る目がなかったことを、その時初めて知らされた。
――人は見かけではない――
 営業成績もトップクラスである課長の本当の姿に気がつくと、私は目からうろこが落ちた気がした。
 営業とは奥が深いものということ教えてくれたのだ。
 少し課長と仕事の話をした。あまりかしこまった話ではなく、体験談に基ずく話で、特に話が白熱してくると、自分自身のテンションも上がり、捲し立てるように話す私にとって、それはありがたいことだった。
「あ、ちょっと失礼」
 課長の携帯が鳴った。奥の空いたスペースで恐縮しながら話していたが、
「すまない、急用ができた。すぐ行かなければならないが、君はゆっくりしていってくれたまえ」
 そう言って私の分まで代金を払うと、そそくさと扉の向こうに消えていった。その間、ポカンとして見ている私をじっと見つめる彼女の様子に気付かなかった。
「課長さん、急用なんですね」
「ええ、営業ですから、大変です」
 苦笑いしながら見つめる私の瞼に写った彼女の顔はクールに見えた。
 彼女は名前を「佐和子」というらしい。常連の客の一人が彼女をそう呼んでいたのを聞き逃さなかった。
「営業って大変なんでしょうね。私が前付き合っていた人は営業でしたのよ」
「そうなんですか」
 差し障りのない受け答えを返したが、いきなり自分のことを話す佐和子を、一種異様な目で見ていたかも知れない。
 どうも最近失恋したのか、佐和子の話は少しリアルである。
 しかし、愚痴を零しているというわけでもなく、どちらかというとサバサバとした口調は爽やかでさえある。
 とにかく誰かに聞いてもらいたい、そんな佐和子の気持ちが伝わってくるような気がした。
 洗い物をしながら淡々と話しているのだ。そこに厭味な感じはなく、逆に自分だったらどうするだろう? などと勝手に思いを巡らせていた。
「佐和子さん、お会いするのは初めてですか?」
 唐突なのは分かっていた。しかし質問に対しての答え自体を期待しているのではない。どちらかというと彼女の反応を見たいといった方が正解かも知れない。
 佐和子の表情に少し驚きを感じた。
「どうして、そうお感じになるのですか?」
 彼女は逆に私に質問してきた。これは私にとって意外なことであった。
「何となくそう感じるのですが、それも最近のことではなく、だいぶ前」
 私は、小学生の頃に砂浜で出会ったおねえさんを思い出していた。白いワンピースを着たあの女性である。
 考えてみればおかしな話である。
 目の前にいる佐和子はどう考えてもまだ二十代、私といくら離れていても一回りも離れてはいないはずである。
 小学生時代の私はまだ低学年だったので九歳の頃だったのだ。その時に見たおねえさんは、私の記憶ではすでに二十歳を超えていたはずだった。
 確かに子供の頃に見る年上の人、特に女性はすべてが大人びて見えて、今見る二十代の女性に比べ、かなりの年の差を感じるかも知れない。だが、はっきりと確認できなかった小学生時代のイメージから勝手な想像が膨らみ、それが今目の前に現れた佐和子なのだと思い込んでしまっていた。
 もちろん、佐和子が私を知るはずはない。
「お前が一番変わったんじゃないか? 昔は少し『わんぱく坊主』ってイメージがあったのに、今ではすっかり優等生っぽくなっちまって」
 これは小学校の同窓会に行った時に、当時の一番仲がよかった友達に言われた言葉である。元々、わんぱくこそ小学生だと思っていた友達は、二十歳を超えた今も「永遠のわんぱく坊主」を貫いていた。彼こそ「君が一番変わっていない」と私に言わせたいうちの一人である。
作品名:短編集8(過去作品) 作家名:森本晃次