STEP ONE(雷華シリーズ)
「うげ。 遅刻だ遅刻ーっっっ」
「どしたの?」
最近、バイトとバンドばっかりでガッコの友達と遊んでなかったから付き合い悪いとか言われて、じゃあ、少しの間ならとかってマックに寄ったら、思ったよ り時間が過ぎてしまっていた。 バンドの練習は六時半からだってのに、今、この時点でもう二○分だ。
「バンドの練習日なんだよ、今日」
「またかよーっ」
「佐高、最近、付き合い悪すぎ」
「だーら、今日付き合ったんじゃんよ。またガッコでな」
そこから急いで走って十五分。マジ、息が切れる。 俺ってば若いのに…煙草、吸いすぎかなぁ。
「おはやーございますっ」
スタジオのオッチャンに挨拶しつつ、予約しているスタジオにいくと、防音の扉、ちょっとすき間開いたままで、でも、音は漏れてきていなかった。 まだ練習始めてないのか? 扉を押し開いて中に入ろうと思ったけど、足がすくんだ。
「どーすんのよ?」
「んー。何か、俺、やべぇわ」
「でも、卓弥に言わないとわかんないだろ」
「言えないだろ。んな事」
…俺の事かよ? 中には真矢と優吾しかいないみたいだった。努に言われるんだったら十分理解できたけど、優吾に嫌がられているとは思ってもみなかった。結構、普通に喋っ ていたじゃんか。そりゃあ、凄くよく喋ったとかじゃないけど、でも、なんだか凄いショックだった。
「卓弥くん、何やってんの?」
「うわぁっっ」
「失礼な人やな、さっさと入ったら?」
後ろを振り向いたら秋が立っていて、努くんは今日は急用で来れんって、と言いながら、俺を押し退けてスタジオのドアを開けて中に入っていった。 最初に呼び捨てでいこうって言われた割には、秋は俺や努を呼び捨てにしない。大抵、くん、を付けて呼んでいる。
俺の方は呼び捨てにさせて貰ってるけど。
「…遅いよ、二人とも」
真矢はそう言うと少しマズったな、という顔を少しだけしたけど、その後は普段通りに取り繕っていた。優吾は全然平気そうな顔だった。
俺、普段だったらこういう時は絶対に、言いたい事ありゃあ言えばいいだろって怒鳴るタイプなんだけど、さっき話している最中の優吾が何だか困ったような 顔をしていたから、言い損ねてしまった。
なんだかちょっと居づらかった。
練習帰りに秋と二人でマクドナルドに入った。俺はビックマッ クセットでも何となく足りないかなって感じなんだけど、秋はポテトとコーヒーだけだった。
考えてみたら秋ってあんまり食べない奴みたいだった。
「よくそれで足りるよな。俺だったら我慢できねぇよ、それ」
「そう? 俺、いつもこんなもんやけどね」
コイツ、特にブランド品つけているイメージはないんだけど、向かい合ってゆっくり見ると何だかさりげなくブランド物でやんの。さりげない辺りが嫌だよ な、慣れている感じで。ブルガリの時計くらい、俺でも分かるぞ。
「で、何か話あるんちゃうん?」
「何でよ?」
「ありそうやから聞いただけやけど」
見透かされているみたいで嫌な感じ。ひょっとしたら、秋にもさっきの二人の会話が聞こえていたのかもしれない。 ま、今まで二人でこんな風にいる事ってなかったけどさ。
「俺さぁ、優吾に嫌われてる?」
秋はくわえかけていたポテトをしっかりと飲み下してから不審げに眉を寄せてみせた。 俺はといえばバーガーもぐもぐやりながら話しているんだから、家庭でのシツケの差ってこういう所にでるよな。
「優ちゃん? …あの人、あんまりこだわりの無い人やと思うけど」
「さっき、聞こえていたんじゃないの?」
「いや?」
「何か嫌がられているみたいでさぁ」
「そんな事ないと思うけど。あの人はうちのバンドで一番フレンドリーな人ちゃうの」
「一番かぁ? 努は?」
「んー、俺、努君とはあんまり話さんしなぁ。あの人は自分の機嫌がいい時はフレンドリーやね」
「嫌いなんだ?」
「や、そんな事ないけど」
うわ、嫌いなんだ、コイツ。そんな事ないって嘘くせぇ。絶対嫌いなんだぜ、コイツ。
「あ、そういやぁ秋だけ年下だろ。後から加入したんだっけ?」
「そう。だから、あんまり彼等の事知らんのよ。でも、優ちゃんって嫌やったら自分から言う人やと思うけど」
俺もそう思ってたんだけどなぁ。
胸のポケットからラッキーストライクを取り出して火を付ける。煙草って実はあんまり美味しい物じゃないんだなって初めて吸った時に思ったけど惰性で何と なく吸っている。メンソール伝説を信じているわけじゃないけど、メンソールは嫌い。
美味しいと思った事ないのに結構好き。格好いいと思っているわけでもないんだけど。
矛盾してる。
窓際の席だったから、外の風景がよく見える。
秋が窓の外を見ていてちょっと嫌そうに顔をしかめた。
何だろうと思ってつられてそっちを見ると、努が居た。
やっぱり嫌いなんじゃねぇか。
向こうもこっちに気付いたみたいで、よおって感じで手を上げて、店の中に入って来る。チキンタツタセットかなんかを買って同じ席につく。
「珍しい組み合わせじゃん」
人懐っこい感じの笑顔で、話しかけてくる。
「友好を深めてんだよーん」
「用があったんちゃうの?」
俺がヘラヘラ笑って返事をしたら、秋が切りつけるみたいに言った。尋ねるっていうより、苦情だった。
「早く終わったんだよ」
努の返事も俺と話す時とはちょっと違う感じで、二人共あんまり友好的じゃない。同じバンドなのになぁ。
バンドの人間関係うまくいってるって思ったのは間違いだったみたいだ。全くうまくいってない。
普段、練習している間は全然気付かないのに。
まあ、俺は音をはずさないようにとかそっちに一生懸命でそれどころじゃないっていうのもあるけど。
それきり、俺と秋とか俺と努とかいう会話はあったけど、二人は全く会話しなかった。
何だかなぁ。
作品名:STEP ONE(雷華シリーズ) 作家名:樹内みのる