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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 二十一歳でいきなり六歳の娘の?父?となり、翌年には自分自身の子を持った。結婚は親にも認められるどころか、
―そんな女と結婚するなら、生涯家の敷居はまたがせない。
 と勘当され、事実、圭輔は母と入籍以来、両親とは一度も逢ってはいない。
 初めて母が圭輔をアパートに連れてきた日を早苗はよく憶えている。
 そのときは既に母は身ごもっていて、圭輔は母と結婚の意思を固めていたようだ。
―よろしく。
 と、はにかむように笑った圭輔は身長百八十センチ超えのイケメンで、雑誌から抜け出てきたモデルのようだった。そんな外見が母の毒牙にかかる要因になったに相違ない。
圭輔は外見は俳優やモデルのように流行の最先端であったが、内面はその年の大学生ににしては純朴であり真面目な好青年で、責任感も強かった。その内面もまた母にあっさりと?引っかかった?要因であったのだろう。
 母のことだから、おおかた、
―夫に棄てられて、幼い娘を一人で育てているの。
 と、?健気なシングルマザー?を演じたにな違いない。若くて女の本性を見抜けなかった圭輔は、その誘惑にあっさりと填った。
 今なら思う。義父のような男でれば、自分の子を宿した女を棄てるはずがなかった。母は圭輔の人柄を十分見た上で、わざと妊娠しやすい時期を選んで、年若い大学生をホテルに誘ったのだ。
 それでも、圭輔は母を棄てずに、ずっと夫婦として暮らしてきた。圭輔ほどのルックスと人柄ならば、華やかな水商売の世界で常に誘惑はあったろう。家庭持ちとはいえ、大学を止めてキャバクラで正式にバーテンダーとして働き始めた時、圭輔はまだ二十一歳だったのだから。
 彼の周囲には母よりも若くて、しかも気性も優しい娘がごまんといたはずだ。なのに、結婚以来来、圭輔が浮気したという話は聞かない。自分は若くてイケメンと見れば、色目を使う癖に、母は若い夫が他の女を見ることさえ許さなかった。
 同じキャバクラのキャバ嬢と圭輔が?不倫?していると母が騒いだのはいつだったか。事実はそんなことは一切なく、ただ、まだ二十歳のその娘の相談に圭輔が乗ってやっただけの話であった。
その娘は妻子ある客と付き合っていて、妊娠したのだ。まったく母と同じケースであった。母は圭輔とその娘を駅前のファミレスで見かけたという元同僚からの知らせで激怒し、キャバクラまで乗り込んでいって、その女性を殴った。たいそうな騒ぎになったらしいが、圭輔がその娘と店のオーナーに土下座して謝罪したことで、辞めさせられることはなかった。  
 妻と、まだ十歳と三歳の幼い娘たちを養わねばならない責任が圭輔にはあったのだ。大の男が人前で土下座までするのは相当の覚悟と忍耐が必要であったに違いない。
 今では、圭輔の整った面には深い皺が刻まれている。義父は今年、四十六だ。整った目鼻立ちはそのままだが、眼尻に深いシワが刻まれ、何より人生を諦め疲れ切った澱のようなものが彼を実年齢以上に老けさせていた。
 初めて逢った日の溌剌とした彼は、最早見る影もなかった。
 圭輔の瞳の底には、心から早苗を気遣う色がある。
「うん、また近い中に帰るわ。お土産は何が良い、お義父さん」
 早苗が明るい声で言うと、圭輔も小さく笑った。
「E駅地下の?モン・パリ?のケーキが食べたいな」
「判った。じゃあ、ケーキを買って帰るね。お義父さん、少し疲れてるようだし、身体に気をつけて」
「お前も気をつけろよ。悪い男に騙されるんじゃないぞ」
 義父の言葉に、早苗は笑う。二人のやりとりを見ていた香奈子が肩を竦めた。
「二人とも、実の親子みたいに仲が良いんだから」
「何を言うか。早苗は俺の娘だぞ」
 圭輔が笑いながら言い、早苗は圭輔と香奈子、それに香奈子に抱かれている龍磨に手を振った。
 妻と娘に置き去りにされた義父と、母と妹に顧みられなかった継娘は、ある意味、実の父娘以上に近い存在であったのかもしれない。それでもなお、圭輔と早苗の間には、薄紙のような眼に見えない隔たりが今もある。
 それが、早苗が圭輔を?家族?だと思えない原因なのだろう。その隔たりというのは早苗よりむしろ、義父の方が持っているように感じられてならない。
 表面は何ということのない義父の穏やかな態度の中に、早苗にはそこから先、踏み込むことを許さない壁がある。例えば、義父に微笑みかけた瞬間、気まずげに眼を逸らされ、香奈子はいつもその?壁?の存在を否応なく実感したものだ。
 しかも、その壁は、早苗が中学、高校と成長するにつれ、少しずつ分厚くなっていった。小学校を卒業するまでは、微笑みかければ義父もまた優しい笑みを返してくれたのだ。
 何故、圭輔が自分にとって一線を引こうとするのか、早苗には理由が判らなかった。

  涙の理由
 
 義父や妹たちと別れ、早苗は一人、F駅前の歩道を歩き始めた。現在、暮らしているマンションへはF駅から電車で二十分余り、E駅で降りる。無人駅のF駅と異なり、E駅は結構大きな駅で、義父が言ったように、駅地下に商店街があり、有名店も多数入っている。
 いつもならF駅から乗り、マンションに近いE駅で降りるのだが、今日はE駅を乗り越して二つ先のH駅まで乗った。恋人の尚吾の暮らすマンションがH駅前にあるからだ。
深山尚吾(しょうご)、現在、二十九歳。リンデンバーグ社の重要な取引先の一つであるCOCONE商事の広報課に所属している若手エリートである。COCONEはかなり前から、リンデンバーグ社の化粧品を幅広く取り扱っていて、この度、実店舗だけでなく通販部門でもリンデンバーグの化粧品を新規取り扱い開始を決定した。
 そのための宣伝写真や広告などを手がけるのが広報で、尚吾とはその関係で知り合った。
 午後九時近くなり、電車に乗っているのは大概がサラリーマンだ。皆、一日を終え、ホッとしているような疲れたような顔で座席に座っている。早苗も彼等と同じように座席に座り、眼を閉じていた。
 先刻の妹の子、龍磨のあどけない笑顔が眼裏に甦る。
 子どもがあんなに可愛いものだとは、何か大切なことに気づかれされたような気がする。今までも龍磨に逢うことはあったのに、何故、今夜は突然、そんなことを考えるのだろう。やはり、これから尚吾に逢いにいくからだろうか。
 尚吾との交際はそろそろ一年になろうとしている。まだ二人の間で?結婚?の二文字は出たことはないけれど、時折、匂わせるような言葉が彼から出たことはある。
 今の時代、もちろんと言うべきかどうかは判らないが、尚吾とは身体の関係はない。キスならば数度はある。それにしても、単に唇がふれあう程度のもので、ディープキスなど早苗にはまだまだ未知の領域である。
 実は、今日は尚吾のバースデーなのだ。男性は女性と異なり、特に記念日に拘ることはないらしい。なので、今夜も特にデートの約束もなかったけれど、サプライズでプレゼントを渡したいと思い、尚吾のマンションを訪ねることにしたのだった。
 尚吾のマンションは三度、訪れたことはある。いずれも居間に案内され、ファーストキスはそこで経験した。早苗にとっては人生で初めてのキスだ。
 三度めは二人でE駅前の居酒屋で呑んで、そのまま尚吾のマンションに行った。