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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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「先に済ませた、済まんな」
「良いのよ、龍磨君がいたら、こんな時間まで待てないのは判るし」
「龍磨ったら、お子様ランチに大はしゃぎしちゃって」
 すっかり寝入った甥っ子の頭を撫でる香奈子の表情は、どこから見ても母親だ。早苗が家を出る前、姉妹仲は正直、良いとはいえなかった。母が妹を?タレント活動?のために引っ張り回し、姉妹がろくに話をする時間もなかったし、お互いに近寄りがたい壁のようなものを感じていた。
 香奈子が妊娠し、家を出てからは、むしろ漸く姉妹らしい関係になったといえる。結婚によって、香奈子は母親の呪縛から解き放たれ、彼女自身の人生を生きることができるようになったのだ。
「で、瑠璃香ちゃんは?」
 圭輔が溜息をついた。
「香代がまた連れ回してるさ」
「今度は子ども写真館のイメージキャラのオーディションですって。そんなもの、どうせ通るはずもないのに」
 香奈子が吐いて捨てるように言う。
「それは判らないでしょう」
 宥めるように言うと、香奈子がキッとなった。
「お姉ちゃんに何が判るの! 私は物心つくかつかない頃から、お母さんの気まぐれに付き合わされて、同じ年の友達と遊ぶ時間もなかったのよ? 琢磨と結婚してやっと人並みの人生が送れると思ったのに、今度は瑠璃香をお母さんの玩具にされて。琢磨はもう頭に来てるし、お母さんは幾ら止めてと頼んでも止めないし、頭がおかしくなりそう」
 あなたがお母さんの愛情と関心を独り占めにしている間、私はずっと家で一人だったのよ―。
 そう心の中で叫んでいた。母と妹がいない狭いコーポラスで早苗はいつも一人だった。それでもカレーを作り、夜更けにキャバクラから帰宅した義父を待って二人でカレーを食べるしかなかった。義父も早苗も人生を諦めきっていて、喋ることもなく黙々と食べるだけだった。
 芸能人になりたいと願ったことは一度もないけれど、アイドルになれたら母の愛情を少しは分けて貰えるのかな、と夢見たこともあった。母の玩具にされた妹も気の毒ではあったが、一体、一人置き去りにされた早苗の気持ちを香奈子が考えたことはないだろう。
 誰からも愛情を与えられることもなく、関心を向けられることもなく―。
 早苗は話を切り上げるように語調を強めた。
「今日は」
 傍らのバッグを引き寄せた途端、香奈子は押し黙り、向かいに座った義父は辛そうに眼を伏せた。
「頼まれたものを持ってきたの」
 後はひと息に言った。
「ごめん、お姉ちゃん。迷惑かけて」
 別人のようにうなだれた香奈子に、早苗は首を振る。
「それは良いの。たった二人の姉妹だもの。でも、香奈子。正直に言うわ。私もそこまで余裕のある暮らしをしているわけではないから、これ以上の援助は無理なの」
 香奈子の夫琢磨は、娘をタレントにすることに賛成ではない。最初は渋々ながら費用も出していたものの、今では真っ向から反対して費用どころではない。
 最悪なことに、母の気まぐれのせいで香奈子夫婦まで険悪になっているのも事実なのだ。
 義父はもう五十近い。大学中退のままキャバクラで働き続けていて、サラリーが期待できるはずもなかった。それでも、圭輔は香奈子にまとまった金を渡し続けている。
「申し訳ないけど、これを最後にして」
 早苗は厚みのある茶封筒を香奈子の前に押し出した。中には二十万が入っている。
 妹から突如として電話がかかったのは二年前である。呼び出され、金の無心をされた。母が瑠璃香を連れ回すための軍資金を貸して欲しいと頼まれたのだ。
 独立したとはいえ、香奈子はいまだに母には弱い。母が孫を子役にといえば、逆らいきれないし、また香奈子自身、自分の果たせなかった夢を娘に託している風なところもある。母に諦めろと言いながら、どこかで香奈子自身も未練を抱いているのだ。
 以後、早苗は香奈子に四度、金を貸した。一度目は十万、二度めは五万、三度目は十五万、今度は二十万欲しいと言われた。もちろん、すぐにそんな大金が出るはずもなく、貯金から出した。いずれ返すという約束は初回から一度も果たされてはいない。
 早苗は元々、妹から返済して貰う気はなくあげたつもりでいる。金銭の貸し借りほど怖いものはない。血の繋がった姉妹だとて、欲に眼が眩めば他人以上に容赦がなくなる。しかし、それももう限界であった。
 二年足らずで締めて五十万円もの大金を妹に与えた。これから先、結婚するのかしないのか判らないが、いずれにせよ自分の将来のためにとコツコツと貯めた貯金だ。
 社会人になりたての頃は、母にせがまれて時折、金を渡していた。それらはすべて香奈子のために使われたのだ。
 それでも、今まで姉らしいことをしてやらなかったからと自分に言い聞かせてきたが、そろそろ、はっきりと言わなければならないときが来たと思ってはいた。
 香奈子が顔色を変えて口を動かそうとした。
「お姉ちゃん」
 しかし、それは圭輔によって遮られた。
「当然だ、早苗。早苗には早苗の人生というものがある。早苗、今まで済まなかった。父親だというのに、何もできない、女房にさえ言いたいことの一つも言えない不甲斐ない男で、本当に済まない。お前に借りた金は俺がすべて香奈子の代わりにと言いたいところだが、そんな貯金もない父親だ。許してくれ」
 圭輔は義理の娘に深々と頭を下げ、香奈子にきっぱりと言った。
「今後、早苗に金の無心は許さんぞ。お前も瑠璃香の母親なら、はっきりと香代に言いなさい。良い加減にしろと」
「お義父さん、頭を上げて。この話はお義父さんには関係ない、香奈子と私の間のことだもの」
 早苗が言うのに、圭輔は涙を浮かべた眼で早苗を見た。
「いや、それは違う。早苗、お前はどう思ってとるか知らんが、俺はお前も自分の娘だと思っているんだぞ。早苗も俺の娘なら、香奈子も俺の娘だ。俺は早苗の人生に対しても父親として責任を持つべきだと思っている」
「お義父さん」
 早苗の脳裏に、中学、高校時代の出来事が甦る。早苗の作った美味しくもないカレーを歓んで美味しいと食べてくれた義父。深夜、キャバクラから帰ってきた義父と早苗は向かい合ってカレーをすすったものだ。
 早苗がやっと中学に入った時、圭輔はまだ二十七歳だった。二十七の義父と十二歳の義理の娘は肩を寄せ合うようにして暮らした。
 母と妹は月の半分以上は全国をオーディション、家にいても歌やダンスのレッスンで留守にしていたから、ある意味、圭輔と一緒にいた時間が早苗はいちばん多かった。
 どうしようもない両親の許に望んで子として生まれたわけではない。それでも、圭輔のように人としてきちんとした男性を義父に持てたのは、早苗のけして幸せとはいえなかった人生で幸せなことだったと思う。
 香奈子もしまいは?援助はこれで最後?ということで納得し、早苗はファミレスの前で圭輔や香奈子、龍磨らと別れた。その頃には熟睡していた小さな甥っ子も目を覚まし、香奈子がお土産のアンパンマンの塗り絵を渡すと、キャッキャと声を上げて歓んだ。
「ろくなこともしてやれないが、たまには家に顔を見せに帰ってこいよ」
 圭輔は笑いながら言った。思えば、義父も母と結婚したばかりに背負わなくても良い荷物を背負った人だ。