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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 誰よりも逢いたくて逢いたくない男が数歩先にいる。祐は高校の帰りらしく、濃紺のジャケットにグレーのズボンをはいていた。臙脂のネクタイが彼の美貌によく似合っている。教科書が入っているらしい大きなリュックを背負っていた。
制服姿を見たのは初めてだが、何を着ても様になる男だ。こうして見ると、やはり彼は高校生なのだと認めざるを得ない。
 やはり自分の出した答えは正解だった。改めて現実を認識させられたようで、哀しかった。
 駅の出入り口で離れて見つめ合う二人を後から来た人々が追い越していった。
 中には怪訝な表情をして胡散臭げに眺めてゆく人もいる。
 だが、その瞬間、二人は互いしか見ていなかった。
 ハッと我に返り、早苗は慌てて顔を伏せ足早に彼の側を通り過ぎようとした。
「待って、逃げないで」
 祐の声に、早苗はピタリと脚を止めた。
「君は卑怯だ」
 いきなり突きつけられた台詞に、流石にムッとして彼を見る。
「どうして私が卑怯なの?」
「何故、自分の気持ちにちゃんと向き合おうとしない?」
「私の気持ちなら、ちゃんと伝えたはずよ。それとも、高校生になんか興味はないと、はっきり言えば判るのかしら」
 わざと蓮っ葉に言うと、祐が笑った。嫌みなほど、余裕のある笑いだ。
「一週間前、黙っていなくなったことが君の応えだと?」
「そうよ。判っているのなら、子どもは、さっさとうちに帰りなさい」
「結婚が決まったって本当なのか?」
 唐突に話題を変えられ、早苗は一瞬出遅れた。
 不自然な沈黙の後、早苗は動揺を精一杯取り繕った。
「本当よ」
「嘘だ」
 すかさず切り返され、押し黙ってしまう。どこまでも嘘がつけない馬鹿正直な自分がいやになった。
「そんな見え透いた嘘をついてまで、早苗さんは俺と別れたいのか」
 祐が振り絞るように言った。
「俺のことが嫌いなのか、顔も見たくないほど」
 早苗の眼に涙が滲んだ。
 駄目、これ以上、自分にも彼にも嘘はつけない。
「そんな言い方、反則よ」
「反則でも何でも良い。早苗さんの本当の気持ちが知りたい」
 彼を見つめたまま、早苗は言った。
「私もあなたが好きよ」
 早苗の眼から大粒の涙が溢れ、聖夜(イブ)の凍てつく夜気に溶けて散った。
 ―とうとう言ってしまった。
「でも、あなたと私は立場も住む世界も違いすぎる。それに、私はあなたより十三歳も年上だもの」
「俺が構わないと言っているのに?」
 早苗は消え入りそうな声で言った。
「あなたに後悔して欲しくないの」
 それは、早苗の心からの願いだ。自分(早苗)と歩いていくと決めた彼にいずれ遠からぬ将来、その選択を後悔させたくない。後悔する彼を見たくないし、そんな未来を想像するのも怖いのだ。
 ならば、お互いにやり直しがきく今の中に別々の道を歩んだ方が良い。たくさんの涙を流して辛くても決めた結論だった。
 だが、祐は早苗の不安とは真逆のことを言った。
「君と今、別れたら、俺は一生、後悔するだう」
 そのひと言に、早苗は呼吸するのさえ忘れた。。
 祐が後ひと押しというように踏み込む。
「俺を後悔させたくないんだろ、なのに、俺と別れるの?」
 しばらく空疎な沈黙が二人の間を漂っていた。永遠とも思えるしじまを破ったのは早苗の方だった。
「狡いわ」
「狡くても良い、早苗さんを手に入れるためなら、俺はどんな卑怯者にもなる」
 何という熱烈な告白だろう。まるで早苗が好きでよく見ている韓国の恋愛ドラマに登場するヒーローの台詞だ。
 でも、早苗は美しい女優でもないし、これはあくまでも現実なのだ。
 そう、ドラマや童話ではいつもヒロインは最後の最後で幸せになれるけれど、現実はそうそう甘くない。たとえ祐の言葉も想いも真実だとしても、いずれ夢のような幸せは終わりを告げるときが来る。
 早苗は自分がお伽噺のヒロインになれるとは到底信じられなかった。彼女は、どこまでも?幸せになること?に臆病だったのだ。
 それなのに、私は今も祐さんをこんなにも好き。
 別れると決めて、そのつもりだったのに、こうして彼が眼の前に現れただけで覚悟は脆くも潰えそうになり、心は未練に揺れ動く。
 祐の声が悲痛な響きを帯びる。あたかも今にも息絶えようとしている人が救いを希(こいねが)うような響きだ。
「俺の眼を見て、言って。本当に俺と離れて平気なのか」
 ここで離れたら、もう二度と逢えない。
 早苗は固く眼を瞑った。ゆっくりと眼を開いた彼女のすぐ先に、祐が佇んでいる。手を伸ばせば触れそうなほど近くに、大好きな彼がいる。
 二人の視線が絡み合う。祐の燃えるようなはまなざしに、身体だけでなく心まで灼き尽くされそうだ。
 思えば、十月下旬に初めて彼と出逢ったその瞬間から、早苗は祐のこの瞳に魂を絡め取られたのだ。深くて澄んだ、誰よりも哀しい瞳(め)をしたこの男に。
 もう、気持ちはごまかせない。
 早苗が彼の腕に飛び込む。細い身体を折れそうなほど強く抱きしめられる。
「もう二度と君を離さない」
 しばらく抱き合っていた二人は漸く離れた。また上りの電車が到着したらしく、大勢の人が改札へと続く階段を降りてくる。衆目の中で抱き合う二人を通りすがりに好奇の眼で見てゆく人は多かった。
 三人連れの女子高生がキャーっと歓声を上げて通り過ぎる。三人とも、祐と同じ私立高校の制服を着ていた。三人は興奮した様子で、すれ違った後、何度も後ろを振り返っていた。
 年配の男性は呆れたように肩を竦めて足早に通り過ぎてゆく。
 だが、二人が多くの視線に気づくことはなかった。人波が見つめ合う二人を避けるように二つの流れに分かれていく中、ただ見つめ合って佇んでいた。
 祐が制服のポケットから小さな緑の箱を出した。蓋を開け取り出したブルートパーズの指輪が今、祐の手によって早苗の手に填められた。シンデレラのガラスの靴が月明かりに照らされて一瞬、煌めく。その燦めきに眼を奪われる。
 満天の星たちが恋人たちの頭上で明るく煌めいている。まるで黒繻子の布に一つ一つ輝くスワロフスキービーズを丹念に縫い付けたような空。
 祐がつと頭上を振り仰いだ。
「寒いと思ったら、雪になったみたいだ」
 煌めく星たちを、無粋な雲が鈍色の帳で隠そうとしている。
 早苗も彼に習って夜空を見上げた。
「ホワイトクリスマスになるのね」
「そうだな」
「綺麗」
 満天の星たちは今や分厚い雲に遮られ、白い花びらが天(そら)から舞い降りている。
 雪は止むどころか、ますます烈しさを増してゆく。
「この降りじゃ、明日の朝は積もるかもしれないな」
 祐が呟き、早苗に微笑みかけた。
「メリークスリマス、早苗」
「メリークスリマス」
 今更ながらプレゼントを何も用意していないことに気づき、早苗は眉を下げた。
「ケーキもプレゼントも何も用意してないのよ」
「早苗は俺にくれたじゃん。最高のプレゼントを」
 首を傾げる彼女の耳許に祐が唇を寄せた。
「早苗がずっと大切にしていたもの。お陰で、俺は早苗の最初の男になれた」
 早苗の白い頬に朱が散る。
「もう! こんなときまで人をからかうのは止めてよね」
 抗議すれば、祐の綺麗な顔に悪戯っ子のような笑みが浮かぶ。