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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 S電器の代表取締役といっても名ばかりで、今も会社を動かしているのは母と叔父だ。だが、いずれは名実ともに社長職を継がなければならないのは覚悟しているし、そのために母からは大学は経済学部か工学部に行けといわれている。
 農学部に進みたいと早苗に言ったのは、嘘ではない。しかし、叶わぬ夢であることも理解はしていた。要するにだだっ子のように分かり切ったことをごねているのだ。
 それでも、早苗は祐のつまらない愚痴をいやな顔もせず聞いてくれた。
―五十歳になるまで自分の人生を会社のために使って、息子に社長職を譲ってから果樹園をやれば良い。
 真剣に考えて、アドバイスまでくれた。
 早苗の話を聞いている中に、それも良いと思えてきた。
 だが、早苗の話す未来の俺の隣にいるのは、どうやら早苗自身ではないようだった。俺がこんなに好きなのに、早苗は俺を単なる年下の我が儘なお坊ちゃん程度にしか見ていない。そのことに苛立ち、ぶっきらぼうな態度を取って早苗を傷つけた。
 けれど、今日、早苗の方から?好き?と言ってくれ、俺に身を任せてくれた。想像したとおり、早苗はバージンだった。破瓜の痛みに泣いていた早苗を憐れには思えども、情けないことに、俺は自分を止められなくて早苗の身体を何度も貪った。
 彼女の初めての男になれたことをラッキーだと思い、浮かれていた。その間に、彼女はいなくなっていた。
 俺に抱かれて、彼女は何を想っていたのだろう。彼女の歳を考えれば、あの歳まで処女でいてくれたたことに感謝すべきなのだろう。バージンかどうかに固執してはいないが、心底惚れた女の初めての男になりたいと思うのは、男の本音ではないだろうか。
 早苗、俺は、お前でなくちゃ駄目なんだ。
 俺を好きだと言ったあの言葉は、嘘だったのか?
 早苗は好きでもない男に身体を投げ出すような女じゃないだろう?
 お前に言われて、俺は初めて自分が与えられた運命に立ち向かってみようと思った。日本でも屈指だといわれる大企業の社長なんて、俺に勤まるのかといつも本当は不安に怯えていたけれど、側に早苗がいてくれるなら、やってみよう。
 そして、いつか早苗が言うように、歳をとったら息子に後を任せて早苗と二人で田舎に移り住んで果樹園をやるのも良いかも知れないと思ったんだ。
 早苗、早苗、俺じゃ駄目なのか? 十三も年下の我が儘な男は、所詮、早苗の隣には並ぶ価値もない、恋愛対象にはならないのか。
 祐は肩を落とし、早苗が置いていった指輪を握りしめていた。
早苗が側にいないだけで、部屋の温度が下がったように感じられる。触れてみても、あれほど熱い身体を重ね合ったベッドは、しんと冷たかった。
 
  聖夜(イブ)の奇跡

 一週間後、その年もクリスマス・イブを迎えた。町は華やかなイルミネーションで飾られ、あちこちでクリスマスソングが流れる。一年で最も華やかな季節である。
 その日、リンデンバーグ社では?独身者の聖なるイブ?と銘打ってパーティーが行われることになった。要するに、未婚の男女が集って合コンをするというわけだ。場所はE駅の駅地下にある居酒屋に決まった。
 早苗も誘われたが、もちろん行く気はないので、丁重に断った。
 幹事を任された吉本とかいう総務部の社員が直々に営業の早苗のデスクにまで来たのには愕いた。
―津森さん、頼むから出席してくれよ。実は、俺、前から津森さん、俺のタイプだと思っててさ。これを機会に接近しちゃおうかなーなんて下心があったのに。
 と、嘘か本当か判らないようなことを言っていた。吉本というのは三十三歳の独身で、総務ではなかなか切れるやり手だといわれているそうだ。イケメンというタイプではないが、尚吾のように気取り屋で無闇にプライドばかり高そうでもないようだし、少し付き合ってみるのも悪くはないかと考えたのも確かだ。
 辛い恋を忘れるには新しい恋をしなさい。言い古された常套句ではあっても、やはり、祐を忘れるには、それが一番だと自分でも思う。
 しかし、仮に吉本が本気だったとしても、それでは彼に対して失礼になる。早苗だって、告白してきた男が実は失恋したばかりで、元カノを忘れるために利用されたと知れば、やはり傷つくし良い気持ちはしない。
 そういうわけで、早苗はイブの夜を一人で過ごすことに決めた。見たいと思っていたDVDがあるので、帰りにF駅前の商店街の本屋で買い、電車に乗った。
 イブの日に残業はない。定時に会社を出て乗り込んだ電車はやはり混んでいて、そこここに肩を寄せ合い談笑する恋人たちがいて、眼のやり場に困った。
 下り線の電車がE駅に到着する。腕時計を見ると、午後六時半を回ったところだ。
 再三断られても吉本は悪い顔もせず
―午後六時半から始めるから、気が向いたら来てよ。
 と、明るく言っていた。根が良い男なのだろう。ああいう男を好きになれたら良いのにと自分でも思いながら、それでもまだ祐への想いから逃れられない自分をいやというほど自覚していた。
 このまま仕事を頑張ってキャリアを積み、女性幹部を目指すという道もある。何も人生、結婚だけではないと息巻くのは、独身アラサー女子の哀しさなのか。
 だが、早苗は本気で幹部候補になる社内昇進試験を受けてみようと考えていた。そのために、F駅近くのビジネススクールの夜間部に通うことも検討している。
 早苗は早苗なりに辛い恋を忘れて、前を向いて進もうと一生懸命なのだ。
 早苗はフッと笑った。
「ま、今夜だけは愁いも忘れなきゃ。何しろ一年に一度のイブだしね」
 通勤用のバッグから買ってきたDVDを取り出し、パッケージを見る。箱には野獣と踊るエマ・ワトソンの華麗な画像がついていた。今年の四月、ディズニー実写版の?美女と野獣?がエマ・ワトソン主演で日本でも封切られた。
 観客動員も順調で、十月にはブルーレイとして早くもDVDが発売されている。その前の?シンデレラ?実写版はまだ見ていないけれど、こちらは早く見たいと思っていた。
 どうも?シンデレラ?は幼い日の記憶のせいか、見る気になれないのだ。
 ?シンデレラ?は、保育園児だった頃、日ごとに薄れゆく実父の面影を追おうとしていた哀しい過去に結びついている。けして嫌いというわけではないのだが、どうしても思い出してしまうのだ。
「ああ、寒。早く家に帰ろう」
 買ったばかりのDVDを握りしめて足を速めてホームから続く階段を下りていた時、ふいにバッグの中で携帯が鳴り出した。
 ?シンデレラ?のエンディング曲、?Strong?が流れる。
「もしもし」
 電話に出ると、懐かしい声が聞こえた。
―早苗さん?
 早苗の脚が止まった。前に踏みだそうとしても、脚が縫い止められたように動かない。
 彼とは終わった、二度と逢わないと決めたのだ。
 自分の心に蓋をするように電源を切ろうとしたのと、向こうから祐の声が響いたのはほぼ時を同じくしていた。
―待って、切らないで。
 早苗は無言で言葉の続きを待った。
―そのまま階段を下りて、改札口に来て。
 祐の言葉にいざなわれるかのように、改札口に向かう。定期代わりのITCカードを差し込み、足早に改札口を抜けたその時、早苗は息を呑んだ。