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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 ?お昼寝メイト?の仕事は実は、あれから二、三度依頼を受けたのだが、祐ではない別の男性客ということで、断った。
 添い寝といえども、どのようなことが起きるか知った今、迂闊に見知らぬ男性と同じ布団に入る勇気はない。
 朝起きて会社に出て、残業をこなしてマンションに帰る。食事は何とか食べているものの、単に咀嚼しているというだけで、味も何もあったものではない。
 これでは?空気を吸って動いている?というしか言いようがなく、生きているとさえいえないのではないかと思う暮らしぶりだ。
 そんなある日、?フローラ?の鈴木からメールが入った。しかも、今度の依頼者は祐だという。
―これで最後。
 早苗は自分にそう約束した。
 好きだから、最後の最後に逢いたい。きっと、これから先どれだけ生きて、どんな男が現れたとしても祐ほど愛せる男はいない。だから、ずっと先になって後悔しないようにしたい。
―いつかお前の良さを本当に理解してくれる男が現れる。それまで、お前のいちばん大切にしているものを守り抜け。
 義父の言葉が今更ながらに甦る。
 十二月半ばの日曜日、早苗はマンションにある義父圭輔の写真と位牌に線香を上げて、手を合わせた。
―お義父さん、私、大好きな男ができたの。これから先、そのひとほど好きな男はきっと現れないと思うから、大切にしていたものを彼にあげても良いよね?
 心の中で問いかけても、瞼の中の義父は優しく笑っているだけだったけれど、その笑顔は早苗の怯みそうな心をそっと後押ししてくれた。
 その日は十二月十七日、クリスマスイブは一週間後に迫っていた。

 H駅に降り立ち、早苗は真っすぐに雑居ビルを目指した。何度か通ったビルだが、これが最後になるだろう。
 もう、二度と祐には逢わない。それが、早苗なりの彼への愛の示し方だった。
 二階でエレベーターを降り、いつものように?フローラ?で鈴木と木内と面談する。面談といっても、ごく形式的なもので、今日の客がどんな人なのか、短い説明を受けるだけだ。もっとも、早苗は三度とも相手は祐だったから、今更、説明されるまでもない。
 話の終わりに、早苗は鈴木に言った。
「お昼寝メイトのお仕事もこれで最後にしようかと思ってます」
「あら」
 木内が甲高い声を上げた。鈴木の眼がね越しの細い眼がいっそう細められる。
「理由をお訊きしても良いですか?」
「一身上の都合だけではいけませんか?」
 身構えた早苗に、木内が穏やかな口調で話しかけた。
「いえね。鈴木さんと私、話していたんですよ。津森さんと佐内さん、とてもお似合いだって。良い雰囲気だったみたいなので、もしかしたら、おめでたい話が聞けるのではないかと期待していました。だから、鈴木さんもそんな質問をしたんです」
「メイトとお客が必要以上に親しくなるのは困るんじゃないんですか」
 二度目に聞いた注意を思い出しながら言えば、鈴木が笑った。
「我々が避けたいのは、あくまでも揉め事であって、おめでたい話なら幾らでも大歓迎ですよ」
 初めて気づいた。鈴木は冷たい印象を受けるけれど、よくよく見ると、眼がねの奥の細い眼には優しい光がある。
 早苗はうつむいた。
「おめでたいって―。私と彼、歳が違いすぎます」
 言ってから、しまったとほぞを噛む。祐は年齢をごまかして、ここのサービスを利用しているのだ。だが、鈴木と木内が視線を交わして笑い合った。
「彼がまだ若いことは、我々も気づいていましたよ」
 鈴木が笑いながら言うのに、木内も頷いた。
「これでも、仕事柄、たくさんの人を見てきましたからね。こういうサービスですから、中には本当にメイトの女の子を風俗嬢と間違えて妙なことを要求してくるお客さまもいるんです。実は、この仕事は女の子の面接より、お客さまとの面接の方が大切なんですよ」
 鈴木も頷いている。
「女の子に無理強いしたり、セクハラしたりするようなお客さまだけは避けたいですからね。結構シビアな眼でお客さまを見てますから、佐内さんが二十七歳じゃないっていうのも即判りました」
「じゃあ、年齢詐称を承知だったんですね」
「ええ。何て言うのかな、彼、何か放っておけないような感じがしましてね」
 鈴木が言うと、木内も、そうそうと頷いた。
「うちにも同じ歳くらいの息子がいますけど、普通、あの年齢って、もっと屈託がないというか、あっけらかんとしているのに、佐内さんは違ってましたものね」
 相づちを求めると、鈴木も真剣な顔で頷く。
「陰があるっていうのかね。棄てられるのを覚悟しているような小動物といえば悪いかもしれないが、そういう傷ついた眼をしてたものだから、我々も彼を受け入れることにしました」
 鈴木が笑った。
「女の子が見知らぬ男性客に添い寝するなんて、傍から見たら風俗まがいの怪しい仕事だと思われがちですけど、そうでもないんですよ。僕たちがここに来るお客さまに癒しを提供したいと願っているのは本音ですから」
「そうですね。その意味で、佐内さんは誰よりも癒しを必要としているように見えました」
 木内も鈴木に同意した。
「それで、メイトを止める理由を訊いても良いですかね」
 鈴木はなおも食い下がってくる。早苗は精一杯の笑顔で応えた。
「結婚が決まりましたもので」
「まあ、それはおめでとうございます」
 木内が明るい声で言い、残念そうに続けた。
「私たちは本当にお似合いだと思っていたんですけどね」
 早苗が立ち上がった時、鈴木の声が追いかけてきた。
「津森さん。人を好きになるのに、言い訳なんてありませんよ。男と女であれば、誰にだって恋に落ちる可能性はあるんです」
 鈴木の言葉は何故か、早苗の心の奥深くに沈み込み、ずっと残った。もしかしたら、鈴木も木内も早苗の嘘を見抜いているのかもしれなかった。
 事務所を出て木内に連れられていったのは、最初に使った部屋だった。
 明るい雰囲気の洋風の部屋である。
「じゃあ、頑張って」
 と、声をかけられ、早苗はドアをノックした。すぐにドアが開き、祐が顔を見せる。
「やあ、今日ばかりは来てくれないんじゃないかと思ってビクビクしてたよ」
 祐は祐で、一週間前に気まずい別れ方をしたのを気にしていたようである。やはり、彼も連絡をしようにもできなかったのだろう。
 早苗は微笑んだ。
「私の方こそ、この間はごめんなさい」
 あの場は彼の気持ちを逸らすために、年上だという事実を理由に結婚はできないと言うしかなかったのだが、この際、きちんと謝った方が良いと思った。それに、最後なのに、気まずいまま別れたくはない。
「紅茶でも淹れるね」
 部屋には最初の日のように、紅茶の支度が調えられていた。
 早苗は丁寧に紅茶を淹れながら、涙を堪えた。何をするのも?これが最後?と思えて泣けてくる。
 祐は敏感にかぎつけたのか、小首を傾げた。
「早苗さん、どうかした? 何か泣きそうな表情(かお)をしてる」
 早苗はハッとした。
「ううん、全然。私の方も祐さんとあれきりになったらどうしようかと心配してたから、楽しみにしてたのよ」
 その言葉に、祐が瞳を輝かせた。
「その台詞、少しは期待しても良いってこと?」
「さあね」
「ほら、また、そうやってはぐらかす」