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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 彼は唇を嚼み、?いいや、違う?ともどかしげにまた髪をかきむしった。
「そんなんじゃなくて。早苗さんが好きだ。早苗さんじゃないと駄目だ」
 次には、しゅんと肩を落とす。
「ああ、つくづく女を口説くのには慣れていな」
 早苗は堪らず笑い出した。
「十八歳で女をくどき慣れてる方がおかしいわ」
 祐がどこかホッとしたような表情になった。
「やっと笑ってくれたね。まあ、俺が真剣に悩んで一世一代の告白をしたのに、笑われるのは少し複雑だけどさ」
 最後は拗ねたように言い。祐の顔が早苗に近づき、そっと額に唇を落とした。
「ここは俺の癒しの場所なんだ」
「癒し?」
「そう。いやなことがあると、ここに来るんだよ」
 祐はまた夜景を見つめた。
 無数の灯りはクリスマスツリーに点したキャンドルのようだ。そういえば、あと一カ月もしない中にイブを迎える。
 去年は尚吾と二人でイブを過ごしたけれど、今年はまた一人になるのだろうか。
 そして、祐はイブを誰と過ごすのだろうか。
 祐が煌めく灯りを指さす。
「あの灯り一つ一つに人の営みがある。灯りの点った家の中で家族が集まって笑い合ったりしている。そう考えただけで、何か温かいもので心が満たされるんだよ。俺も一人じゃない。きっと一緒にいてくれる誰かがその中、見つかるって素直に思える」
「私にとっての癒しは、この歌なの」
 早苗は携帯を取り出し、大好きな?Strong?を再生した。力強いボーカルが夜陰に響いていった。
「外国の歌だね」
「そう、ディズニー映画?シンデレラ?の実写版で流れる歌よ」
 祐が頭をかいた。
「俺は男だから、ディズニーとかは苦手だな。でも、女の子はそういうのが好きなんだろうな」
 早苗は?Strong?の歌詞の日本語訳を祐に教えた。

♪自分の心を信じれば、貴方のソウルは永遠に輝き続けるから
 優しさを守り抜けば、貴方の光は永遠に輝き続けるから
 私は信じてる、貴方の事も、自分の事も。
 私達は強いんだから。

 最後のフレーズを伝え終えたところで、祐が呟いた。
「へえ、そんな意味なのか。確かに何か聞いてたら、エネルギーが湧いてくるっていうか。良い歌だな」
「祐さんと同じで、落ち込んだときには、この歌を聞くのよ」
「OLも色々と大変だろうね」
「そりゃ、社会人は辛いものがあるわよ」
 早苗はお姉さんぶって言い、そんな彼女を見て祐は笑った。   
 ?お昼寝メイト?を引き受けた時、依頼者は中年以上の人生に疲れた男性だろうと思っていた。でも、実際に現れたのは目の覚めるようなイケメンで、高校生だった。
 自然に浮かんだ疑問は、何故、十八歳が人生に疲れるのだろうという想いに他ならなかった。早苗のように社会人となり三十路にも突入すれば、人間関係も複雑になるし、それなりに柵(しがらみ)も悩みも増える。
 けれど、高校生といえば、まさに人生の春を謳歌する年頃だ。そして、確かに祐はある意味、人生に疲れているように見えた。倦んでいるとでもいうのか。若くしてS電器の社長職という重荷を背負わされた。彼の肩には日本中、いや、世界中のS電器社員の生活がかかってる。
 後見として叔父や母親が控えているとはいえ、社長として最低限こなさなければならない責務はあるに違いない。
 だからこそ、彼はどこかに?癒し?を求めたかったのではないのか。
「判ってるんだ」
 祐の声が戦慄いた。早苗は愕いて祐を見た。
彼の瞳には涙の粒が宿っていた。
「果樹園なんて、夢のまた夢で、俺は生まれながらに決められた道を進まなきゃならない。それでも、抗ってみたかった。生まれ持った運命を少しでも変えてみたかったんだ」
 泣きそうな声に、早苗まで切なくなる。
「例えばよ。こんな風に考えてみてはどうかしら。五十歳まではS電器のために頑張る。でも、その頃にはあなたも誰かと結婚して、子どももいるでしょう。だから、その時、息子に社長職を譲って果樹園を本格的にやったら」
 それはけして気休めで口にしたのではない。今の時代は医療の高度発達のお陰で、寿命も長い。五十年現役で頑張って、会社のために人生を捧げれば、後は自分のために自分の人生を生きても良いのではないかと思う。
「その時、早苗さんは、どこにいるの? 誰の隣にいるんだ?」
「さあ、それは私にも判らない。誰かと結婚しているかもしれないし、このままずっと一人で生きてゆくかも」
 祐の声が震えた。
「どうして、そんな残酷なことを言うんだ。俺が果樹園をやる時、早苗さんは側にいてくれないのか?」
 早苗は懸命に言った。
「その時、祐さんの側にいるのは私じゃない。それは、祐さんの奥さんになる女(ひと)の仕事だから」
「じゃあ、結婚しよう」
 あまりにも呆気ない結論の出し方に、早苗は物も言えない。つい?祐さん?と呼ぶことも忘れてしまった。
「祐君、結婚というのは、そんな簡単に決めるものじゃないのよ。ちょっと印象が良かったからと言っても、長年連れ添えば、色んな面が見えてくるものなの。それに、あなたは十八歳で、私は」
「その台詞は聞き飽きた! だから、何度も言ってるじゃないか。今時、これくらいの年の差夫婦なんて、どこにでも転がってるって」
 烈しい怒声に、早苗は震え上がった。
「俺だけの秘密の場所に案内すれば、早苗さんも理解してくれるかなと思ったんだけど、無理だったみたいだね」
 祐は自分を落ち着かせるかのように深呼吸し、力ない笑みを浮かべた。
「マンションまで送っていくよ。早苗さんを怖がらせたくはないし、このままだと俺、早苗さんに何するか判らない。早苗さんをレイプしようとした卑劣漢と同じに成り下がりたくはないからね」
 来たときと同様、祐が運転席にまたがり、早苗は後ろに乗った。言い争いの後は気まずくなってしまったので、彼にしがみつくのも気が引ける。だが、しがみつかないと怖いので、早苗はそっと背中に手を回した。
 もう大人の男性と変わらない逞しい背中や身体をしているのに、祐はまだ十八歳の少年だ。そのアンバランスが何かとても哀しく思えた。

  女体開眼

 どちらかといえば最悪の別れ方をしてしまい、早苗は悶々としていた。
 本音を言えば、早苗だって祐を好きだ。でも、彼に告げたように、交際ならまだしも結婚となれば、安易に出して良い結論ではない。ただ一時の?好き?だけで、走って良いものではないのだ。
 祐は大人びているようでも、若い。この先、様々な魅力溢れる女性が彼の前に現れるだろう。その時、激情に駆られて早計な決断をしてしまったことを後悔するときが来る。
 それは早苗にとっても辛い。何より、彼には幸せになって欲しい。ならば、早苗は辛くとも、潔く彼の前から消える覚悟が必要だった。そして、今、血気に逸っている彼に分別を示して見せるのは、年上でもある早苗の役目なのではないか。
 祐から連絡がないまま、日は流れるように過ぎた。出社してもどこか虚ろで、また仕事上の些細なミスが多くなってしまう。
 祥子から優しく問われても、早苗はどうしても今度ばかりは真実を打ち明けられなかった。アラサーが十八歳の高校生と恋に落ちたなんて、誰が言えるだろう?