臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~
二人を乗せたバイクはかなりのスピードで高速を走り抜け、次々に車を追い越していった。E町にいちばん近い料金所で降りるのだと思っていたら、彼は何を思ったのか、その一つ手前で降りた。
「祐さん、どこに行くの?」
声に不安が出ていたのか、祐が安心させるように言う。
「大丈夫、俺に任せて。俺は早苗さんを傷けたり泣かせるようなことは絶対にしない」
バイクの唸りと風の音のせいで、彼の声は所々、聞き取りにくい部分もあった。それでも、彼の言いたいことは、はっきりと伝わってきた。
一つ手前の料金所を抜け、バイクは風のように走る。結局、引き裂かれたブラウスは棄てることになり、
―見るのもいやだろうから。
と、祐が処分してくれることになった。なので、早苗はそのまま祐の部屋着を借り、保温のため彼のジャンパーを着ている。
祐は厚手のニットにジーンズ、ジャンパーだ。ヘルメットもジャンパーもどうやら同じデザインのようで、傍目から見るとお揃いを着ているカップルのように見えるのが少し恥ずかしい。
バイクは一面のたんぼ道を走り抜け、緩やかな坂を上った。坂の周辺は小高い山らしく、鬱蒼とした竹が群生している。坂を登り切ったと思われる頃、突如として視界が開けた。
バイクが止まった。祐が先に降り、ヘルメットを外す。鬱陶しかったのか、ヘルメットを脱いだ瞬間、小さく首を振り長い前髪が軽やかに揺れた。
まるで昔、見た映画のワンシーンのような光景に眼が吸い寄せられてしまう。長身でイケメンの祐が大切にしている磨き上げられたバイクの側に立てば、それこそバイク雑誌の表紙から抜け出してきたようだ。
垢抜けず地味で平凡なアラサーの早苗とは月とスッポンどころか、同じ世界に生きている男だとは信じがたい。不似合いといえば、これほど不似合いな二人もいないだろう。それくらいの自覚は、早苗にもあった。
「俺、何かおかしい?」
早苗の視線に気づいたのか、祐が首を傾げた。早苗は慌てて微笑んだ。
「まさか、カッコ良いなと思って見てたのよ」
「俺に惚れ直した?」
「だっ、誰のことかしらね〜」
夜目でもはっきりと紅くなった早苗を祐は笑って見ている。
早苗も彼に続いてバイクから降り、ヘルメットを外す。
「こっちに来て」
彼が差し出した手をごく自然に取り、二人は手を繋いで歩く。
百メートルほど歩いたところで、彼がまた止まった。
「見て」
指さされた方向を見て、早苗は歓声を上げた。
「凄いわ」
いささか気恥ずかしいほど興奮した。
今、二人が立つ場所は高台になっていて、恐らくは今し方昇ってきた小高い山の頂上ではないかと思われた。
頂からは眼下の町が一望に見渡せる。煌めく灯り、また灯りが連なり、漆黒のビロードを彩るまばゆいネックレスのように輝きを放っている。
「ここからの眺めはなかなかだろう?」
「ええ、とっても素敵。近くに住んでいるのに、こういう場所があるなんて知らなかった」
「俺もバイクの免許を取り立てで走っている時、たまたま見つけたんだ。いわゆる観光マップに乗るような名所じゃないからな。意外と知られてないんだと思う」
「ありがとう、こんな素敵な場所に連れてきてくれて」
早苗が心からの礼をこめて言うと、祐は怒ったように素っ気なく言った。
「い、いや。たいしたことじゃない」
早苗は何か悪いことを言ったのかと、窺うように彼を見上げた。彼女の視線に気づいたのか、彼は首を振った。
「ごめん、別に気を悪くしたんじゃないよ。今の早苗さんが俺を見る眼って、潤んでて物凄く可愛いと思ったから」
気が付けば、彼の耳は紅く染まっていた。
「キスしても良い?」
直裁に問われ、早苗は言葉を失った。
こういうのは、許可が必要なものだろうか? でも、すぐに思い直した。
尚吾にレイプされかけて怖い想いをした早苗の心を思いやってくれているのだ。二十九歳の尚吾より十八歳の祐の方がよほど思慮分別のある大人の男なのかもしれない。
人の年齢というのは単に生きてきた年数だけで計れるものではないと、この時初めて知った。
特に応えはなかったけれど、早苗は眼を閉じた。その反応に力を得たのか、祐の手が背中に回り、引き寄せられる。自然に顔が近づき、二人は唇を重ねた。
一度目は初めて出逢った?お昼寝メイト?とその客として、二度目は互いの意思を確かめ合うキス。
一度重なった唇は離れたかと思うと、また離れる。舌を絡め合い濃厚な口づけが続き、しばらくは夜景を楽しむどころではなかった。
口づけを解いた後、二人は黙って寄り添い合って、また夜景を眺める。祐の手が早苗の肩に回り、早苗は彼の肩に頭を乗せていた。
「俺さ」
祐が言いかけ、早苗を見た。
「笑わないで聞いてくれる?」
「うん」
微笑んで彼の言葉を待つ。祐が照れたように言った。
「好きな女ができたら、その彼女をここに連れてくるのが夢になった」
「じゃあ、私で何人目なのかしらね」
わざと茶化すように言うと、祐が怒ったように言う。
「はぐらかすなよ。ここに連れてきた女は早苗さんが初めてだ」
「―」
早苗は黙り込み、煌めく夜景を見つめた。
「祐さんほどの男の子なら、これまでにもたくさんの女の子に告白されたでしょう。信じられない」
祐の声が強くなった。
「そんなの、どうして早苗さんに判るんだよ? 俺の気持ちがどうして早苗さんに判るの」
彼は溜息をつき、視線を早苗から夜景に戻した。
「そりゃ、付き合った女の子は数人いたよ」
「数人―」
呟けば、祐は慌てた。
「そんなに多くない。五人だ、五人」
たかだかこの世に生まれて十八年なのに、五人と付き合ったとは。だが、祐のような男の子なら、モテて当然だとは思う。
「あ、二股かけたこともないぞ。付き合うときはちゃんと真剣交際だ。中学のときの彼女三人と高校のときの二人とも一対一の交際で」
しどろもどろになって言い訳しても、余計に墓穴を掘るだけだと気づいていない辺り、大人びていても、やはり若いのだなと思える。
「私なんて、三十一年生きてきて、付き合ったのは例の尚吾さん一人よ」
我ながら、少し冷めた声だった。
「ああ、もう!」
祐はらしくなく長めの前髪をわしわしと掻いた。
「だから、何と言えば良いのか。早苗さん、俺がどう言えば、信じてくれるの? 俺が早苗さんを好きになって、ひとめ惚れしたことがそんなにおかしいかな。歳が離れてちゃ、付き合っては駄目なのか。お互いの気持ちがしっかりしてれば、誰がどう言おうが何を思われようが、そんなのはどうでも良いんじゃない?」
「馬鹿だわ」
え、と、祐が問い返し、早苗は涙を滲ませた瞳で祐を見た。
「あなたは若くて将来もあって、望めばモデルや女優とも付き合えるでしょう。なのに、何で、私なの?」
続く声は涙で最後まで言えなかった。
「どうして、冴えないアラサー女を選ぶの」
早苗の涙に、祐が息を呑んだ。
彼の綺麗な眼が切なげに細められる。
「俺は口下手だから、上手くは言えない。早苗さんを納得させるだけの言葉は持ってないかもしれない。でも、俺の正直な気持ちを言葉にすれば」
そこで彼は息を吸い込んだ。
「俺には早苗さんが必要だからだ」
作品名:臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~ 作家名:東 めぐみ