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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 早苗はうつむいた。公園で恐怖と寒さに震えながら、夢中で携帯のアドレス帳を開いたのはぼんやりと憶えている。あの時、誰かの電話番号をクリックした記憶もあるが、それが祐の連絡先だったのか。
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって。あなたの電話を押した自覚はなかったんだけど、繋がってしまったのね」
 迷惑を掛けたと心底から謝った。だが、祐は綺麗な顔を憮然としかめている。
「別に迷惑だなんて思ってないよ。公園はこのマンションから歩いても、せいぜい五分くらいの場所なんだ。だから、俺一人で楽々、早苗さんを運べたしね。俺が部屋にいるときで、ラッキーだった」
「でも」
 先刻まで朗らかに喋っていた彼は機嫌が悪そうだ。
「俺ががっかりしたのは、早苗さんが俺を頼ってくれたんじゃなかったってこと」
「―」
 早苗は黙り込む。祐は肩を竦めた。
「早苗さんの住所録の数ある男たちの中から俺が選ばれたんだとばかり思っていたのに」
「数ある男なんて、いるはずないでしょ」
 実際、若い男性のアドレスなんて、尚吾と祐くらいのものだ。
 だが、祐は本気にしていないようで、まだ怖い眼で早苗を睨んでいる。
「本当に、ありがとう」
 早苗は立ち上がろうして、また軽い目眩を起こしうずくまった。
「無茶するなよ、丸一日眠り続けていたんだぞ」
 早苗は怖々と彼を見上げた。
「今日は日曜?」
「うん。俺が早苗さんをあの公園で見つけたのが金曜の夜で、昨日の昼間までは熱も結構高かった。鎮痛剤を飲ませて熱が下がったのが夕方くらいかな」
「じゃあ、今は」
 壁の時計を見て、早苗は額を押さえた。
「日曜の午前十一時というわけね」
「熱が下がって良かった。今日になっても下がらなかったら、病院に連れてゆこうと思ってたよ」
「鎮痛剤を飲んだ記憶も全然ないの」
 そのときだけ、祐が頬をうっすらと上気させた。
「水とかもそうだけど、早苗さんが全然呑んでくれないんで、口移しで呑ませたんだ」
「口―移し」
 呆然と呟き、ハッとする。迂闊にも気づかなかったけれど、早苗は今、かなりゆったりめのスウェットを着ていた。グレーのそれは、多分、男物だ。
「じゃあ、まさか着替えさせてくれたのも祐さんが?」
 祐は真っ赤になり、とうとう、あらぬ方を向いた。
「し、仕方ないだろっ。汗びっしょりで、そのままにしておいたら余計に熱が上がるのは判ってたし。肺炎になっても良かったのか?」
 早苗が黙り込むのを見、彼は焦ったように言葉を連ねた。
「だ、大丈夫だからな。そりゃあ、目の保養はさせて貰ったけど、後ろめたいことは何もしてないよ。本当は全部脱がせた方が良いとは思ったけど、下着はそのままにしといたし」
 早苗はそっとスウェットの襟元から中を覗いた。確かにブラとショーツは身につけている。
「週末で良かったわ。無断欠勤しなくて済んだ」
 早苗が思わず呟く。祐が呆れたように言った。
「病気なんだから、仕方ないだろう。早苗さんって、仕事人間だったの? 見かけによらないな」
「なに、その見かけによらないっていうのは」
 早苗が睨むと、祐が慌てた。
「悪い意味じゃないよ。可愛いのに、仕事人間って意外だと言いたかっただけだ」
「可愛いって、私は祐さんと同年代の女子高生じゃないのよ?」
 そこで、二人は顔を見合わせて笑った。
「でも、本当にありがとう。感謝するわ」
 もし祐が来てくれなければ、昨日の朝刊辺りに
―真冬の夜、アラサー独女が公園で孤独死。
 なんて、片隅に小さく載るところだったかもしれない。
 ひとしきり笑い合った後、祐が真顔になった。
「で、この件について俺にも聞く権利はあるよね、早苗さん」 
 早苗は一旦うつむき、顔を上げて彼を見た。幾億もの夜を閉じ込めたような瞳が真摯に早苗に向けられている。
 この瞳には嘘はつけない。しかも、祐は危うく凍死するかもしれなかった自分を救ってくれた男だ。彼の言うように、彼には事情を話すべきだろう。
 正直、話したくないどころか、思い出したくない出来事ではある。早苗は覚悟を決めて、一昨日の夜、何があったのかを訥々と語り始めた。
 すべてを語り終え、早苗は大きな息を吐き出した。
「それで、早苗さんはその卑劣漢から逃げて、あの公園にいたってわけだね」
「そう。彼に捕まってマンションに連れ戻されるんじゃないかと思って、凄く怖かった」
「あの時、公園に駆けつけて早苗さんを見た時、正直、愕いたよ。眠っているのか気を失っているのか、ぶるぶる震えて、俺が大丈夫だからって幾ら呼びかけても、いやだと言って暴れるんだ」
 あのときの記憶がうっすらと甦る。あの瞬間、早苗は懐かしい義父の笑顔を見たのだ。もう、このまま義父のいる天国にいっそ行ってしまいたいと願った。
 その時、早苗が伸ばした手を力強く握り返してくれた人がいた。もしかしたら、その手の持ち主こそが祐だったのかもしれない。
 祐が端正な顔に翳りを滲ませた。
「言いたくなかったんだけど、早苗さんの着ていた服って、かなり乱れてたよね。乱れていたといよりは、引き裂かれてボロボロだった。胸の辺りにキスや咬み痕のようなものもあったし。あれって、もしかしてレイプとかされた?」
「―」
 早苗が唇を嚼むのを見たのか、祐の声が狼狽えた。
「言いたくないのなら言わなくて良い。俺は何も別に無理に聞きだそうとか思っていないから」
「―何もなかったわ」
 消え入るような声に、祐の顔が明るくなった。
「そうなのか?」
「ええ。さっきも話したように、襲われかけたのは事実なの。でも、彼とは何もなかった」
「良かった」
 何故か祐が嬉しげに言い、憤慨めいて言う。
「それにしても、何て勝手な男なんだ。俺なんてまだまだガキだけど、ガキから見ても最低だな、そのオッサン」
「オッサンって、彼はまだ二十九よ」
 二十九歳が?オッサン?なら、三十一歳も立派な?オバサン?だと思うのだが。言外に早苗の意図を察したのか、祐が手のひらを眼前で振った。
「早苗さんは別」
 と、到底通用しない理屈を平然と祐は口にした。
 その日の午後を二人だけでゆっくりと過ごし、早苗は祐にE町のマンションまで送って貰った。早苗が想像したとおり、祐はH駅付近の雑居ビルからさほど離れていない場所に住んでいた。尚吾のマンションとも比較的近いということになる。
 祐は既にバイクの免許を取得しているので、早苗は彼の運転する大型バイクの後ろに乗った。祐が渡してくれた紅いヘルメットをかぶると、
「どうぞ」と後部座席を指す。祐は黒のヘルメットを被っている。そろそろと座ると、すかさず言われた。
「俺の腰に両腕を回して」
 そんな恥ずかしいことができるわけがない。無言の抗議で示したつもりだったが、祐にあっさりと却下された。
「今更、恥ずかしがる仲でもないだろ」
 かなり誤解を招きやすい言葉だ。ヘルメットの下で真っ赤になっている早苗を見て、祐は余裕たっぷりで笑っていた。
 結局、祐の言うとおりにするしかないことは直に判った。猛スピードで走行するバイクの後ろに乗れば何かにしがみつかない限り、振り落とされそうで怖いのだ。