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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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「圭輔は随分とあんたを可愛がっていたっけね。実の娘の香奈子よりもあんたを溺愛していたよ。あんたも実の親のあたしには反抗的で可愛げのない娘のくせに、圭輔には色目を使ってた。あたしは前から匂うなとは思ってたんだよ。何しろ、圭輔とあんたは二人きりで夜を過ごすことはしょっちゅうだったんだ。年頃の女と二人でいりゃあ、圭輔も男だから、あんたに手を付けるのは当たり前かもしれないけど―」
「止めてえ」
 早苗は声を限りに叫んだ。
「どうして、お母さんはそんなに薄汚い想像しかできないの! 私はお義父さんが大好きよ。尊敬もしていた。いつも好き勝手ばかりするお母さんを黙って見守っていて、自分の仕事を一生懸命してた」
「フン、たいした仕事でもない癖に」
 毒づく母親を、早苗は絶望を宿した眼で見つめた。
「少なくとも、お義父さんは立派な人だった。香奈子の言うように、病気のことも何一つ言わず、最後まで信念を貫いて精一杯生ききった。私はお義父さんのような人を父親に持てたことを誇りに思うけど、お母さんのような人を母親に持ったことを今ほど恥ずかしかったことはない」
「何だって、実の母親に」
 いきり立つ母を見かねたのか、婿の琢磨が近づき囁いた。
「ここは病院です。他の方の迷惑になりますから、止めて下さい」
 琢磨に言われ、母がガクリとうなだれた。
「圭輔、圭輔、何で、あたしを置いて逝っちまたんだよう」
 子どものように泣き出した母の肩を香奈子がそっと抱いた。
 早苗は三人をその場に残し、病室の圭輔の元に戻った。白い布をめくると、圭輔は思ったより顔色も良く、まるで眠っているだけのようにも見えた。
「お義父さん。苦しかったでしょうに、気づいてあげられなくて、ごめんね。今まで、ありがとう。私、お義父さんの娘になれて、幸せでした」
 早苗はリノリウムの床に跪き、そっと圭輔の頬に触れた。義父の身体はまだ温かかった。
 けれど、どれだけ声を嗄らして呼べども、優しかった義父がもう眼を開けることはないのだ。
 大粒の涙がとめどなくあふれ出るに任せ、早苗は父の頬を撫で続けた。

 圭輔の葬儀の日は、よく晴れた晩秋の空がひろがった。自宅のコーポラスは手狭すぎるため、葬儀は近くの会館で行った。葬儀には圭輔が勤務していたキャバクラのオーナー初め、キャバ嬢たちが二十人近く集まった。
 若い女の子たちは皆、喪服姿で圭輔の棺に取りすがって泣いた。
「お父さん、お父さん」
 四十七歳の圭輔は、若い彼女たちから?お父さん?と慕われていたという。恋愛の相談から、将来に不安を持つ女の子たちの良き聞き役、相談役であったと初めて内輪話をオーナーから聞かされた。
―お義父さん、あなたは本当に立派な人だったんですね。
 恐らく、義理の娘の早苗だけでなく、圭輔を父と慕う女の子たちは思いの外多いに違いない。出棺の時、運ばれてゆく棺を追いかけて泣いていた女の子たちの姿が早苗の胸をついた。
 すべてを終えてコーポラスに戻った時、既に辺りは宵闇に包まれていた。その夜は流石に母を一人にはできず、母は近くに住む香奈子夫婦が預かることになり、早苗が遺骨になった義父の側にいることになった。
 先に琢磨の運転する車に母を乗せた後、香奈子が早苗に話があるのだという。
「実は、お父さんからお姉ちゃんに渡して欲しいって頼まれているものがあるの」
 差し出されたのは、一通の手紙。
 早苗は妹に物問いたげな眼を向けた。
「香奈ちゃんは、お義父さんの病気について、知っていたの?」
 その問いに、香奈子は寂しげに首を振った。
「まさか。知ってたら、引きずってでも病院に閉じ込めたわ。ただ」
 香奈子は改めて背後を振り返った。家族が居間として使っていた六畳のすりきれた畳の部屋に、圭輔は小さくなって帰ってきている。
 テレビ台の空いたスペースに錦に包まれた骨壺と真新しい白木の位牌、圭輔の笑顔の写真があった。
 香奈子は溜息をついた。
「おかしいとは薄々思ってたの。一週間ほど前にいきなり訪ねてきて、この手紙をお姉ちゃんに渡して欲しいって言われて。何か遺書みたいって不吉なことを考えたりもしたわ」
 香奈子が帰った後、早苗は圭輔からの手紙を開いた。真っ白な便せんが眼に浸みる。
 写真の前に線香を立ててから、その手紙を読んだ。

 早苗へ

 この手紙をお前が読むときは、義父ちゃんはもう、この世にはいないだろう。だから、お前にこれを読んで欲しいのか欲しくないのか、俺自身も判らないんだ。
 だけど、今日、病院に定期健診に行って、いよいよ俺の心臓ももちそうにないと宣告されたから、やっぱり、お前にはちゃんと伝えておきたいと、この手紙を書くことにした。
 こんな手紙をこの期に及んで書くべきではないのは判っているし、迷いもした。
 早苗、お前は俺を本当に一途に慕ってくれたなあ。父親らしいこともしてないのに、慕ってくれて、嬉しかったよ。
 お前と初めて逢った日のことをよく思い出すんだ。いきなり六歳の女の子の父親になるなんて、ちゃんとやっていけるのかと不安だった俺に、お前は初対面で笑いかけてくれた。あの時、この子となら、良い関係を築いてゆけるんじゃないかと思った。
 あんなに小さかった女の子がどんどん綺麗になっていく姿に、俺はどれだけ誇らしい想いでいたことか。だが、ある時、俺はお前を娘としてじゃなく、女として見ていることに気づいたんだよ。
 とうとう言ってしまった。こんなことを言えば、折角の信頼も消え去るだろう。一つ屋根の下に住んで、義理の娘をそんな薄汚い眼で見ていたのかと、お前は俺を嫌いになるだろう。 
 でも、俺は最後に伝えたかった。俺がどれだけお前を愛していたか。もちろん、この愛というのは、娘としてのお前への愛情だ。だけど、そのどこかにほんの少し、違う想いも混じっていたことを許してくれ。
 お前は本当に心根の綺麗な娘だ。お前がいつか付き合っていた男に言われて気にしていたという台詞だが、あんなものはくそ食らえだ。早苗の一番綺麗なところは、真っすぐに生きてゆくその生き方、曇りなく未来を見つめようとする眼にあるんだと義父ちゃんは思ってる。
 長年、水商売の世界で生きてきた男の台詞じゃないかもしれないが、絶対に自分を安売りするな。いつか、早苗の心の美しさを理解してくれる男は必ず現れる。そんな男と結ばれるまで、絶対に大切なものを守れ。
 もう、義父ちゃんは側にいて、お前を守ってやることはできないが、遠くでお前の幸せをずっとずっと見ているからな。
 早苗とは、もっと違う形で出逢いたかったと何度思ったかしれない。
 未練な親父でごめんな。

              圭輔
愛する娘早苗

       
「お義父さん」
 圭輔らしい几帳面な字が並ぶ便せんに涙がしたたり落ち、ブルーのインクが滲む。
 線香の煙がやけに染みて、早苗は幾度も眼をこすった。
 写真の中の圭輔が優しげに眼を細めて笑っている。あれは、いつのときだろう。早苗の十八歳の誕生日に、圭輔がファミレスに連れていってくれたときに早苗が撮影したものだ。
 思えば、あれが父と過ごした最後のバースデーとなった。あれからすぐ、早苗は高校を卒業して家を出たからだ。