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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 レースの生地越しに熱く濡れた感触を乳房に感じる。この熱い感触にブラを取り去って本当に胸を包み込まれたら、どうなるのか。
 知りたくないような知りたいような、自分でもよく判らない気持ちだ。
 祐の手が空いている方の胸をブラの上から揉みしだく。片方を吸われ、片方を揉まれながら、早苗はいつしか我を忘れるほど惑乱していた。
 それは、彼女が初めて経験する官能の極みであった。
 
  アンバランスな恋と義父の手紙

 その数日後、悲劇は足音を消して近づき、突如として牙を?くように早苗を襲った。
 いつものようにリンデンバーグ社に出社して二時間が経過した頃、同じフロアの営業部長のデスクで部長が電話を取るのが早苗の席から見えた。ほどなく部長が難しい顔で歩いてきて、早苗は集中していた入力作業から意識をそらし、顔を上げた。 
「津森君。すぐにN病院に行きたまえ」
「え―」
 当惑する早苗に、部長が早口で言った。
「お義父さんが自宅で倒れたそうだ。今、救急車でN病院に運び込まれた。すぐに行ってあげなさい」
 少し離れたデスクから、祥子が心配そうに見ている。早苗は祥子に大丈夫というように頷いて見せ、部長に頭を下げた。
「ありがとうございます。本日は早退させて頂きます」
 後は取るものもとりあえず席を立ち、タクシーでN病院に向かった。N病院はリンデンバーグ社からかなり離れている。バスだと一時間くらいはかかるが、タクシーを使えば三十分余りで行ける。普段は節約のためできるだけバスを使うようにしているが、このときだけは違った。
 タクシーを飛ばして駆けつけ、救急病棟の病室に飛び込んだ早苗の眼に寝台に横たわる圭輔が見えた。
 義父の顔には白い布が掛けられていた。今、息を引き取ったところなのか、出ていく医師や人工呼吸器を運び出す看護士たちとすれ違った。
「あ―」
 早苗は去ってゆく医師たちを見送り、改めて義父を見た。三日前には、E駅の地下のパティスリーで約束のケーキを買い、義父を訪ねたばかりだったのに。
 圭輔は顔中をくしゃくしゃにして歓んで、二個も平らげた。
―甘いものは苦手だが、ここのケーキだけは別だな。
 と、いつものように穏やかに笑っていたのだ。
「お義父さん、お義父さん」
 早苗は圭輔に駆け寄り、取りすがった。
「どうして」
 圭輔の側の丸椅子には母が魂を抜かれたように座り込んでいた。
「心臓の発作だって」
 ポツリと言った母を見向きもせず、早苗は病室を飛び出していた。エレベーター前で乗り込もうとしていた医師を捕まえた。
「済みません。高岡の娘です。父の、義父の死因は何ですか、義父は何で亡くなったんですか!」
 取り乱した早苗はつかみかからんばかりの形相ではあったが、亡くなった患者の遺族の対応には慣れているのか、医師は気の毒そうに言った。
「心不全でした。高岡さんは以前から心臓の持病があったので、無理はしないようにと入院を勧めていたのですが、纏まった費用がいるので、仕事を休むわけにはゆかないと言われていましたね。残念です」
「義父は心臓が悪かったのですか」
 銀髪の医師は意外そうに首を傾げた。
「娘さんは、ご存じなかったのですか? そういえば、奥さんも知らないとおっしゃっていましたが」
「義父は誰にも病気のことは話していませんでした」
 早苗が震える声で言うのに、医師は頷いた。
「そうでしたか」
「義父の症状は入院するほど酷かったのですね、先生」
 問わずにはいられなかった。医師は沈痛な面持ちで頷いた。
「確かに病状は深刻でした。心臓の血管の一部が狭くなっていて、手術が必要だったのです。しかし、手術も拒まれて、薬で何とか治療していたのです。薬では限界があると何度も申し上げてはいたのですが」
「そう、ですか。ありがとうございます」
 早苗は頭を下げ、エレベーターに乗り込む医師や看護師を見送った。
 緩慢な足取りで病室に戻ると、変わらず母は椅子に座って放心したように宙を見据えていた。 
 母がフラリと立ち上がる。そのまま夢遊病者のように病室を出た母を追いかけて早苗はまた廊下に出た。
「お母さんも知らなかったの?」
「ああ」
 母は虚ろな声で応える。
 突然、母が甲高い声を上げた。
「そうだ、こんなことをしちゃいられない。明日は瑠璃香を連れて東京までオーディションを受けに行かなくちゃ」
 舌打ちして病室を振り返る。
「こんな大切なときなのに、死んだりして。葬式出す時間が勿体ないよ」
 早苗は両脇に垂らした拳に力を込めた。
「こんなときに止めて」
「何を言うの、瑠璃香にとっては、ここが正念場―」
 言いかけた母の声に覆い被せるように早苗は怒鳴った。
「止めて!」
 早苗の胸に熱い塊が込み上げる。泣きわめきたいほど辛いのに、涙はひと粒も出ない。もしかしたら、胸につかえたこの塊は堰き止められた涙の元なのかもしれない。
「どうして、そんな酷いことを言うの? 長年連れ添った夫婦でしょう」
「確かにね。戸籍上は夫婦だったよ。だけど、ろくな稼ぎもないし、一生、うだつの上がらないバーテンダーじゃないか。カクテルを作るしか能のない亭主に当たった、あたしはつくづく男運が悪いのさ」
「何てことを」
 早苗の全身に怒りが渦巻いた。
「私たちがこれまで暮らしてこられたのは、お義父さんのお陰じゃない。お義父さんこそ、お母さんと結婚しなければ、もっと幸せな人生を歩めていたはずよ。お義父さんの人生を台無しにしたのは、お母さんでしょう」
 パアン、乾いた音が響いた。母が早苗の頬を打ったのだ。
「よくも母親にそんな口がたたけたもんだ。お前は、やっぱり、私を棄てたあの男にそっくりだね。ああ。いやだ、その眼。そっくりじゃないか」
 実の母親に投げつけられた刃のような言葉に、早苗の中で何かが弾けた。それがきっかけとなり、涙が溢れ出す。
 早苗は泣きながら言った。
「お母さんがお義父さんを殺したのよ」
 突如始まった母娘喧嘩に、廊下を通るガウン姿の老人がギョッとしたように見ている。
 早苗は人目もお構いなしに続けた。
「お義父さんは、養生しなければならないのに仕事も休まず働き続けて死んだのよ。お母さんがいつまでも娘や孫をタレントにするなんて、馬鹿げた夢を追いかけてるから」
「何だって」
 またしても手を振り上げた母を背後から妹の香奈子が抱きしめた。香奈子の背後には、勤務先から駆けつけたらしい背広姿の夫琢磨もいた。琢磨は右手に瑠璃香の手を引き、左手に龍磨を抱いている。
「ママ、もう止めて。お姉ちゃんとママが喧嘩したら、お父さんが哀しむわ。お父さんは自分の信念を持って最後まで精一杯生き抜いたのよ。そのお父さんの生き方を否定したりおとしめたりするのは止めようよ」
「そういえば」
 母がつと顔を上げた。その烈しいまなざしに、早苗は気圧された。到底、母親が娘を見る眼ではない。その爛々と光る双眸には紛れもなく憎悪が燃え盛っていた。
 この眼をどこかで見たことがある。記憶をたぐり寄せると、思い出したくもない記憶が鮮やかに浮かび上がってきた。
 そう、あれは尚吾のマンションを訪ねた夜、彼の妻麗子が早苗を見ていた眼と同じだった。