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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 彼が綺麗に弧を描いた眉を跳ね上げる。差し出されたのは、深緑色のギフト用の袋だ。先を銀色のリボンで結んでいる。
 間近で見つめられ、早苗の顔にまた熱が上った。
「前に逢った時、誕生日が近いって聞いたから。気に入るかどうか判らないけど、良かったら使って」
「開けても良い?」
「もちろん」
 彼がおっかなびっくり、まるで、びっくり箱を開けるような仕草でリボンを解く。中を覗いて、彼が眼を丸くした。
「枕?」
「そう、塩枕。中に塩が入っているのよ。デパートで以前、見かけたことがあって、思い出したの。前に逢った時、安眠できないって話してたでしょう。塩枕って、身体に良いんですって。快眠にも効くらしいから―っ」
 いきなり抱きしめられ、早苗は固まった。
「ありがとう。俺のこと、そこまで考えて選んでくれたんだ」
「でも、何でウサギ?」
 早苗を抱きしめたまま、彼が問う。
「私がウサギが好きで、それに可愛いと思ったから。もしかして、気に入らなかった?」
 十八歳の男の子なら、ウサギよりも別のライオンが良かっただろうか、真剣に後悔し始めた時、早苗の背に回った彼の手に力がこもった。
「全然、最高。俺、今までウサギは嫌いでも好きでもなかったけど、君が好きなら今日から好きになるよ」
―君が好きなら今日から好きになるよ。
 その言葉に、笑顔に鼓動がおかしいくらい跳ねる。
「ね、腕がきつくて苦しいわ、良い加減に放して」
「ごめん、気づかなくて」
 彼は照れたように笑い、手を放してくれる。
「早速、今夜から試してみるよ」
 笑顔で言った彼が布団を指さす。
「そろそろ良い?」
 頬に血を上らせたまま、早苗は頷いた。
 もとより、今日はそのつもりで来たのだ。だが、やはり大きな布団を眼にすると躊躇ってしまう。
「行こう。時間が勿体ない」
 彼にさりげなく手を取られ、早苗は布団に近づいた。
 早苗は訊きたくないことを訊かなければならなかった。
「パジャマとかに着替えなくて良いのかしら」
 一応、リュックにはパジャマも入っている。この日のためにシルクのパジャマを新調したといえば、きっと他人は愚かな女だ、何を期待しているのかとあざ笑うに違いない。
 彼は眼を見開いた。
「俺としてはパジャマ姿の君を見てみたいけど、嫌なら良いよ。無理にとは言わない」
 彼は口をつぐみ、少し考え込むような顔になった。
「この前、つくづく俺って馬鹿だなって、反省したんだ。君にいきなりキスをして、泣かせちゃっただろ。女の子を泣かせるヤツは最低な男だって以前から思ってたのにさ。自分がその最低男に成り下がって、ちょっとショックだった」
 だから、無理強いは二度としない。彼は明るい声で言い、悪戯っぽく笑った。
「もちろん君の方から見せてくれるっていうなら、大歓迎だけどね」
 彼が?女の子?と自分を呼ぶのが早苗は気になった。彼は一体、自分を幾つだと思っているのだろう。薄化粧で童顔のせいか、いつも実際の年齢よりは幾らか若く見られるのは確かだ。しかし、アラサー女に?女の子?はないだろう。
「着替えて見せてくれる?」
 こんなときに年下は狡い。甘えるように言われ、思わず頷いてしまっていた。
 布団の下方に和風の衝立がある。衝立も部屋の雰囲気に合わせていて、深紅の椿が咲き誇っている艶やかな絵柄に朱塗りの枠がついている。
 その陰で、早苗は急いで着替えた。今日はイエローのニットとふんわりとした黒のスカートを合わせている。髪は緩く後ろで纏めてリボンバレッタをつけていた。
 ニットとスカートを脱ぎ、スリップも脱いだ。ブラの上からシルクのパジャマを着て、ストッキングは脱いでズボンをはく。
 衝立から出てきた早苗を見て、彼が息を呑む。
「おかしい?」
 不安げな顔をしていたのだろう、彼が満面の笑みで首を振った。
「その逆。凄く素敵、あ、可愛いっていうのかな? 実は君のパジャマ姿を見てみたいと思ってたんだ」
 パジャマはシンプルなオーバーシャツとズボンで、色はアイボリー。シルクなので光沢があって、肌触りも極上だ。
 前のように賭け布団をめくり、彼が先に横たわって、少し距離を空けて向かい合うように早苗が横になった。
 彼が当たり前のように早苗を引き寄せる。今日は早苗も抵抗はしなかった。引き寄せられるままに彼の胸に顔を埋める。
 慈しむように大きな手で髪を撫でていた手がリボンバレッタを外し、纏めていたゴムも取り去った。
「さらさらしてる」
 彼はなおも優しい手つきで髪を撫でている。彼に髪を撫でられるのは気持ちが良い。早苗はうっとりと眼を閉じた。
「これじゃ、どちらが癒されているのか判らない」
「こうすることが俺にとっても癒されるんだから、君は気にしなくて良いんだよ」
「何か言いくるめられてる気がする」
 笑えば、更に強く抱きしめられ、彼の胸板に顔を押しつける格好になった。
「君といると、不思議と心が落ち着くんだ」
 どうしてかな、と、彼は呟いた。
「私も」
 消え入りそうな声で囁く。彼が言うともなしに言った。
「少し話しても良いかな」
「ええ」
 依然として彼の胸に顔を押し当てているため、つい声がくぐもってしまう。
「俺、父親がいないんだ」
「そうだったの」
 ややあって、早苗も言った。
「私もよ」
「君も?」
「正しく言えば、義父はいるわ。本当の父よりも私を可愛がって育ててくれた義父よ」
「それは良かった」
 彼はしばらく早苗の髪を撫でていたかと思うと、また話し出した。
「俺の親父は俺が五歳の時、病気で亡くなった。父の弟―叔父が家業を継いだ」
「実家は会社か何かを?」
「うん、まあ、そんなところだよ。S電器って、知ってる?」
「もちろんよ、日本でも有名な大企業じゃない。もしかして、あなたは、そこのお坊ちゃん?」
「お坊ちゃんなんて、恥ずかしいから止めてくれよ。確かに俺の実家はS電器だけど」
「じゃあ、御曹司って呼ぼうかしら」
 笑いを含んだ声音で言うと、彼は本気でむくれた。
「君、間違いなく俺をからかってるだろ」
「私もからかわれたから、お返し」
「こいつめ」
 更に強く抱きしめられ、早苗は息苦しくなり喘いだ。
「そんなに色っぽい声を出したら、本当に最後まで抱くかもしれないぞ?」
「強引な男は嫌い。もう、二度とここには来ないから」
「それは困るな」
 彼は早苗を抱く腕を少しゆるめる。
「俺が十六歳になった時、父の遺言状どおり社長の座は俺に譲られたんだ」
「凄い、十六で社長なのね」
「ちっとも凄くはないよ。後見は今までどおり俺の叔父と母ががっちりとやってるし。俺は単なるお飾りっていうか、ロボットさ」
 どこか投げやりな口調は、明るい夏の太陽のような彼にはふさわしくない。
「でも、現実として、あなたはまだ学生なのだし、社長の責務を果たすのは難しいんじゃない?」
「それは判ってる。叔父と母のお陰でS電器が変わらず、やってゆけているのも理解はしている」
「じゃあ、何が不満なの?」
「もうすぐ受験なんだ、俺」
「そうね」
「俺、農学部に行きたいんだよ。なのに、お袋は工学部に行けっていうんだ」
 工学部の電気関係の学科へ進めということなのだろう。彼の母の意図は何となく想像できた。