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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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―お世話になっております。先日は、お疲れさまでした。お客さまも大変満足していただいたようで、早速、次回の申し込みも入っています。もし津森さんがこの仕事をこれから先も続けていくおつもりであれば、我々も全力でサポートしてゆきます。どうか良いお返事をお待ちしております。
 
 これだけでは次の依頼者があの?彼?なのかは判らない。だが、?満足していだいたようで、早速、次回の申し込みも入っています?の一文からは、同じ人物である可能性も棄てがたい。
 幸いにも初回は何もなかったから良かったものの、二度と危うい仕事はしない。そう決めたはずなのに、気が付けば早苗はYESと返信していた。
 それに、依頼者が彼ではなく、今度こそ頭の禿げた助平オヤジだったら、どうするのか。
 自分は特に男性の価値を美醜で決めはしないし、第一、自分も我が儘を言えるほどではない。
 また、助平かどうかを気にするなら、年少かどうかは関係ない。現に、彼も高校生の癖に、いきなりディープキスを仕掛けてきたではないか。
 あんなことをされながら、呼び出されて、のこのこと出てゆく自分の気持ちそのものが早苗には信じられない。それでもなお行くと決めたのは、どうしても彼にもう一度逢ってみたい気持ちを抑えられなかったから。
 胸の奥に息づき、ひっそりと育っている想いの名を早苗はまだ知らない。
 次の依頼日は十一月半ばの日曜だった。丁度、前回の以来から二週間ぶりである。
 雑居ビルはH駅から、歩いても十分足らずでゆける。
 二度目は慣れたもので、迷わず二階のあの部屋を目指した。軽くノックすると、すぐに内側から戸が開いた。
「どうも」
 今日も鈴木という男性とマネージャーだとかの木内という女性が並んでいる。早苗の?仕事ぶり?が良かったせいか、二人ともに愛想がすごぶる良い。
「あの、お訊ねしても良いですか」
 少し遠慮がちに訊くと、木内の方が頷いた。
「何なりと疑問に思うことがあれば、お訊ね下さい」
 早苗は思いきって口にする。
「今日のお仕事を申し込まれた方というのは」
 皆まで言わずとも、木内は察しが良い。
「ええ、前回と同じお客さまです」
 その瞬間の想いを何と形容すれば良いのだうか。嬉しいような泣きたいような、妙な気分だった。
 その時、存外に冷えた声音が耳を打ち、早苗は現実に引き戻された。
「津森さん、これだけは忘れないでいただきたいのですが」
「はい、何でしょう」
 早苗は鈴木を見つめる。鈴木がまたたきもせずに見返しながら言った。
「お客さまとあなたの関係がこの先、どのように発展しようと、我々は関知しません。ただ、トラブルだけは避けて下さいね」
「トラブル―」
 早苗が呟くのに、鈴木は丸顔には似合わない鹿爪らしい表情を浮かべた。
「そう、トラブルです。以前、こんなことがありましてね」
 と、彼が語ったのは、互いに家庭持ちだった客と?メイト?女性が本気で恋に落ちた騒動だった。
「あなたも初回で危惧されていたように、実際に、この仕事は風俗とは紙一重ではあります。男女が一つ布団に寝て、何も起こらないという方がおかしい。ですから、メイトとお客さまが男女関係になることはままあります。ただ、一時の関係で終わるのが普通だし、また、我々もそうあるべきだと考えています」
 件(くだん)の騒動は、男の妻が夫の?浮気?に気づき、ここまで乗り込んできたのが発端だという。
 鈴木は小さく首を振った。
「いわゆるダブル不倫というヤツですか。お客さまの奥さんが探偵社まで雇ってメイトの自宅をかぎつけ、相手のご主人にバラしたものだから、それはもう大変な騒ぎになりましてね」
 結局、二組の夫婦の中、メイト女性の方は離婚にまでなった。男性客も妻と本気で離婚を望んだものの、妻が意固地になり実現しなかった。最後は裁判所で調停となって、漸く離婚が成立、二人はその後、ひっそりと入籍したという。
 傍らから木内がとりなすように言った。
「今回のお客さまは独身のようですし、あなたも失礼ですが、既婚ではありませんよね?」
 問われ、早苗は頷いた。
「ならば何も問題はないと思いますが、トラブルだけは避けて下さい」
 鈴木がくどいほど念を押し、話はそれで終わりになった。
 部屋を出て木内に案内され、また別の部屋に移動だ。今度も前と同じ部屋なのかと思いきや、木内はその前を素通りした。落胆が顔に出ていたのか、木内がクスリと笑った。
「今日は別のお部屋です。あちらは今、別のお客さまが使っておられるので」
 そのひと言に、早苗は頬が熱くなるのを自覚した。あのドアの向こう―大きなベッドで見知らぬ男女が何をしているのか想像しただけで、羞恥にいたたまれなくなりそうだ。
 木内が以前の部屋の二つ隣、最奥のドアを指し示した。
「今日のお部屋はこちらです」
 早苗が咄嗟に身を強ばらせたのを見たのか、木内が囁いた。
「イケメンですよね、彼。私が代わりたいくらい」
 早苗と眼が合うと笑って小さく肩を竦め、彼女は今来た廊下をゆっくりと引き返していった。
 ノックするまでもなく、突然ドアが開いた。息を呑む早苗の前に、?彼?の人待ち顔が現れる。
「来てくれたんだ」
 嬉しげに顔をほころばせれば、年相応のあどけない顔になる。それだけで来て良かったと思う自分は何て愚かしいのだろう。
 自分は当年とって三十一歳、彼は十八歳。アラサー女と高校生の恋なんて、ドラマか映画では綺麗なのかもしれないけれど、現実にはただ痛いだけ。
 しかも、恋をしているのは自分だけで、彼はただ束の間の癒しを求めにここに来ているだけ。それでも、前回に続いて自分を指名してくれたことに何らかの意味を見いだそうとする自分は年甲斐もない馬鹿だ。
 刹那、早苗ははっきりと自覚していた。
 私は、彼に、恋を、している。
 アラサー女が十八歳に恋をした。
「この間は目が覚めたら、もう君がいなくなってたから、焦ったよ。メルアドとかケータイの番号とか訊いておこうと思ったのに」
 部屋に入って、早苗は笑った。
「メルアドや電話番号の個人情報は教えないようにって言われたわよ?」
「ああ、また教師みたいなことを言う。そんなのは黙ってれば判らないよ」
「もしかして、君は先生とかしてる?」
 早苗は部屋の内装に気を取られ、応えられなかった。
 この部屋はどうやら和風の内装らしい。前のスイート風とは異なり、どこかの高級旅館のようである。靴脱ぎ場には和風の暖簾が下がり、そこをくぐれば全部が畳だ。
 障子をはめ込んだ窓際に大きな布団が敷いてある。枕許には緋色の行灯型のスタンド。
 最奥には紅色の机と座布団が整然と配置されている。明るい洋風の部屋はさほど抵抗を感じなかったが、全体的に照明を落としたこちらは、何か秘密めいた淫靡な雰囲気を部屋全体が醸し出している。
 頬に熱が集まるのを意識し、慌てて大きな布団から眼をそらした。早苗の狼狽を知ってか知らずか、彼は無頓着に大股で部屋を横切り、布団にあぐらをかく。
 そこで、早苗はやっと思い出した。今日は持参したものがあるのだ。背負ってきた小ぶりのリュックを降ろし、中から小さな包みを取りだした。
「忘れない中に渡しておくわ」
「これは?」