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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 その声に込められたあまりの切なさに、早苗は思わず振り返った。けれど、その時、振り返るべきではなかったのだ。
 早苗が見たのは、孤独に揺れる十七歳の瞳だった。それは子どもから大人へと移行する少年が見せる不安定な危うさの他に、何か形容しがたい翳りでもあった。
 黒い瞳はまるで奈落の底に続いているかのように虚ろで、早苗はその瞳に魂を絡め取られたかのように眼が離せなくなった。
「癒しを求めてここに来たっていうのは、嘘じゃない。本当なんだ」
 だから、と、彼は肩を落として言った。
「側にいて。時間が来るまでで良いから」
 こんな瞳をした少年をどうして一人にしておけるだろう?
 早苗は彼を見つめた。思えば、この瞬間、早苗は消して引き返すことのできない橋を渡ったのかもしれない。?修羅?という名の橋を。
 
 先に彼がベッドに横たわり、早苗は彼から少し距離を空けて横になった。ダブルサイズのベッドは大人二人が寝転がっても、十分な広さがある。
「ふふ、また緊張してる?」
 彼が早苗を見下ろす。彼の方が背が高いので、どうしても早苗が彼を見上げる体勢になる。
「少しだけ」
 先刻も?震えてる??と訊ねられて、同じ返事をしたような記憶がある。まったく能がないことだなどと、どこか他人事のような意識で考える。
 これまでの人生を早苗は?常識?を基盤に生きてきた。だからこそ、尚吾に身体を求められた夜も、応じなかった。まだ結婚するかどうかも判らない男に求められ、あっさりと身体を投げ出すという選択肢は、早苗にはない。
 そんな自分がよく知りもしない男性と二人だけでベッドに横たわっているなんて、信じられない。しかも、相手はれきとした大人の男ではなく、十七歳の高校生だ。
 そのときだった。突如として早苗の小柄な身体が引き寄せられたのは。早苗は狼狽えた。
 お互い服を着たままで、早苗も特に着替えることはなかった。それでも、強く抱きしめられ、服越しにも彼の体温や引き締まった体躯が伝わってくる。
―もう、子どもじゃない。
 彼自身が言ったとおり、じきに十八歳になるという高校三年生の身体はもう子どもではなく、大人のものなのだろう。
 けれど、彼の心は間違いなく子どもで、まだ大人になりきれていない。
「安心して、何もしない」
 耳許で幼い子をあやすかのように囁かれる。熱い吐息混じりの声が耳朶をくすぐり、早苗の身体まで彼の熱が伝染(うつ)ったかのように上昇する。
「こうしていると、君の温もりと震えが伝わってくる。―可愛い」
 彼がクスリと笑い、コツンと彼の額が早苗の髪に押し当てられた。
「ただ君を腕に抱いて眠るだけ」
 穏やかで静かな時間が流れた。
 いつしか寝息が聞こえてきて、早苗は自分を抱きしめたまま眠りに落ちた彼の顔を眺めた。
 鈴木と木内が見抜けなかったのも仕方がないかもしれないほど、彼は大人びている。ましてや身分証明証まで見せられたら、信用するに違いない。
 こうして間近に寝顔を見れば、彼がまだ紛れもない十代の少年であることは明白だ。何もかも忘れて眠る無防備な寝顔に、何故か涙が溢れた。
 ずっと彼の腕に閉じ込められたまま、早苗は彼の寝顔を見ていた。この安らいだ表情を見れば、自分でも幾ばくかは彼を?癒せる?ことができたのではと思う。この部屋に入ったときは、一刻も早く終われば良いのにと願っていたにも拘わらず、今はこの時間が途切れることなく続けば良いと思っている。
 自分は一体、どうしてしまったのだろう?
 けれども、終わりは必ずやってくる。
 早苗が部屋に入って、きっかり二時間後、部屋のドアが控えめに叩かれた。
「起きて、時間が来たわ」
 早苗が呼びかけると、彼が身じろぎした。
「う―ん」
 早苗はベッドから降りて、ドアを開けた。
「時間です」
 靴脱ぎ場に仕切りがあるとはいえ、木内が室内は見ないようにして、小声で伝えてくる。
「今、眠っているみたいなので」
 早苗は戸惑い、続けた。
「彼が起きるまで私、いた方が良いのでしょうか」
 木内は腕時計を見て、きびきびと言った。
「時間ですから、その必要はありません。私たちは時間単位でお約束をいただいています。二時間が標準時間で、それ以上は延長料金が必要です」
 延長するには一時間一万円と聞いて、愕いた。大体、二時間で三万円も高校生には負担が大きすぎる金額だ。
早苗はまだ眠っている彼に心を残しつつ、部屋を後にした。木内に案内されてまた最初の部屋に戻る。
「お疲れさまでした」
 鈴木の細い眼は、室内で何が起こったのかをすべて承知しているかのようでもあり、早苗はいたたまれずうつむく。
「お約束どおり、三万円の中の一万を我々がいただき、二万円をお渡ししますね」
 もちろん、鈴木も木内も知っていても、知らないふりをしているのは判っている。
 早苗は小さく礼を言って封筒を受け取った。
 鈴木は次の仕事については何も言わなかった。そのことに、早苗は安心したようでもあり、残念なような気もした。
 もし、続けるかと訊ねられていたとしたら、自分はどう応えていたのだろうか。その応えを引き出すのが怖くて、早苗は自分の真実の想いを心の奥底にしまい込んで鍵を掛けた。
 実のところ、早苗は彼と寝たわけではない。だが、尚吾とも交わしたことのない深い口づけを交わし、ベッドで抱き合って過ごした。
 果たして、それを?何もなかった?と言えるのかどうか。
 早苗はそのときも真実から無理に眼を背けた。
―そう、私は何も変わらない。変わっていない。
 言い聞かせる傍ら、少年の傷ついたような瞳がありありと瞼に甦る。強引にキスされて、被害者は早苗の方なのに、早苗が帰ると言ったときの彼の表情は酷く傷つけられたようで、泣きそうにも見えた。
―お願いだ、側にいて。
 癒しを求めて、ここに来たと彼は言った。十七歳といえば、高校生活も充実していて、いちばん楽しい時期のはずだ。母が妹にばかりかまけて放置されていた早苗でさえ、高校生活は気の置けない親友たちもいて、それなりに楽しい想い出がある。
 それに、早苗には義父が側にいてくれた。
 彼には、そんな存在―いつも側にいて見守ってくれる親がいないのだろうか。
 心のどこかで芽生えた淡い淡い想いを、人は何と名付けるのか。
 早苗は自らの中に育ちつつある感情(おもい)を固く封印した。
 
 だから、十日後、フローラの鈴木からメールが来たときは純粋に愕いた。その日は珍しく残業もなく定時に会社を出られた。
 E駅の地下街のファッションブティックを少しだけ見て、そのまま駅の駐輪場から自転車でマンションに戻った。
 いつも外食ばかりでは健康にも財布にも良くない。なので、基本、外食は週に二度以内と決めている。もちろん、上司や同僚に誘われたら、それは例外とする。
 この夜は作り置きで冷凍しているカルボナーラのソースを温め、さっと茹でたパスタにかけて済ませた。食器を洗っている間に、お風呂に湯を入れ、パソコンの電源を入れる。
 いつものようにメールチェックから始め、鈴木からのメールに気づいたというわけだった。
 クリックすると、文面が現れる。