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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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「紅茶でも、いかがですか?」
 疲れた男性を癒す仕事といわれても、実のところ、何をすれば良いのか判らない。まずは紅茶でもと勧めたのだが。
 男性はクスクスと笑いながら、ソファに座った。
「それじゃ、お願いしようかな」
 仕事時間は二時間と聞いている。お茶でも飲みながら歓談している中に、二時間なんて終わってしまうことを―期待したい。
 早苗は電気ポットから湯を陶製ポットに注ぐ。茶葉はインスタントではなく、葉を濾で漉す本格派だ。
 確か、茶葉のときは三分くらいが適当だったんじゃ―。早苗は心で百八十数え、陶製ポットからティーカップに紅茶を注いだ。琥珀色のなめらかな液体が湯気を立てている。
 良い具合に淹れられたと満足する。ソーサーに乗せたカップを男に向かって差し出す時、不覚にも手が小刻みに震えた。
「もしかして、君、震えてる?」
 男はまるで面白い見せ物でも見ているかのように言う。
 確かに手の上でカップが揺れ、カチャカチャと音を立てているので、ごまかせない。早苗は正直に頷いた。
「少しだけ」
 男が声を上げて笑った。笑うと分別臭い表情が消えて、少年のように若く見える。そこで、早苗はハッとした。
「あの、失礼かもしれないんですけど」
「うん?」
 男が眼を見開く。
「あなた、本当に二十七歳?」
 鈴木から聞いた情報では、客は?二十七歳の会社員?だったのだが―。
「ハハ、バレた?」
 悪びれる風もなく、彼は頭をかいた。
 早苗は首を傾げ、彼をしげしげと見た。義父も若い頃には相当のイケメンであったが、この男も負けていない。モデル並みの長身と麗しい容貌は、最近テレビでよく見かける福士蒼太にどことなく似ている。
 まあ、初めての客が頭の禿げたオヤジでなくて良かったと言うべきか。
―どうせ見るだけでも、眼の保養になる方が良いもんね。
 好き勝手なことを心で呟き、とある真実に行き当たり、がっくりとくる。
―私はイケメンに癒されても、彼はこんなオバさんじゃ、癒されないわよね。
 歳だけではない。せめて三村祥子のようにエレガントであるとか、美しいとか、それなりに良いところがあればまだしも、地味で綺麗でもなく、人見知りで話し下手と来ている。
 自分と過ごして二時間で三万は?ぼったくり?だと素直に認める早苗だった。
 相手が年齢を詐称していると知り、急に余裕が出てきた。早苗は彼に紅茶を渡すと、自分も向かいに座った。
 彼が飲み始めたので、自分もカップに口をつける。
「どうして、年齢をごまかしたりしたの?」
 訊ねると、彼は肩を竦めた。
「ここは十八歳以上しか利用できないんだよ」
 汚い話だが、早苗はプッと紅茶を吐いた。
「大丈夫?」
 のほほんと笑っている男に、早苗は人差し指をつきつける。
「まさか十七歳とか。言わないわよね?」
「いや、そのまさかなんだよね。あ、でも、明日には十八歳になるから」
 ヘラヘラと笑う男―いや、少年というべきかに、早苗は声を低めた。
「そういう問題じゃないでしょ。それに、十八歳でも、高校生は利用不可のはずよ」
「いやー、あの人たち、俺が二十七歳の会社員だって頭から信じてくれたしね。なら、良いかと」
 早苗は改めて彼を見る。余裕のある態度が確かに十七歳よりは上に見せているのは確かだ。しかし、よく見れば、時折見せる表情や顎のラインなどはまだ少年から大人の階段を駆け上がっている最中だと判りそうなものだ。
「身分証明書はどうしたの?」
 まさか学生証を見せたわけでもなかろうにと呆れていると、彼は笑った。
「従兄のを借りた」
「まったく、とんだ従兄ね」
 借りる方も借りる方だが、貸す方も貸す方だ。どんな助平オヤジが来るのかと不安に怯えて来てみれば、何と高校生のお子さまが来るとは。想定外の出来事にホッとするやら、おかしいやらで、早苗は肩の力が抜けた。
「あのね。言っておきますけど、子どもがこんな場所に来るものじゃないわ」
 突如として保護者めいた口調になった早苗に、彼は憮然として言い返す。
「その先生か親みたいな言い方、止めてくれない? 俺はこれでも、今は?客?なんだぜ」
 早苗は溜息をついた。
「それは判ってるわ。でも、私はあなたのためを思って―」
 言いかけたところ、彼が立ち上がった。
「もう良いよ。説教や小言は聞き飽きた。だから、ここに来たの。ここに来れば、可愛い女の子が癒してくれるっていうから」
「残念だったわね。何なら私からあの人たちに話して料金は返して貰っても」
 いきなり身体が宙に浮き、早苗の言葉は途切れた。自分の身に起こったことが信じられない。気が付けば、早苗は彼に軽々と抱き上げられていた。
「別に返して貰わなくて良い。それに見合うだけの仕事を君がしてくれればね。折角、好みの可愛い子が来たんだから、しっかりと癒して貰うよ」
「え? え?」
 あまりの展開についてゆけないが、彼の言葉も今ひとつ理解できない。
―?好みの可愛い子?って、何のこと?
 混乱している間に、ポスっとベッドに降ろされた。起き上がろうとしたところ、すかさず上から覆い被さられる。
「ちょ、ちょっと待って」
 早苗は狼狽え、もがいた。
「これは風俗じゃないのよ? あなたも同意の上で申し込んだんでしょう」
 彼が動きを止め、真上から早苗を見下ろしてくる。早苗は今、彼の腕に囲い込まれた体勢だ。
「もちろん。女性の同意なしに触れては駄目。性行為も一切なし」
 ?性行為?のフレーズに、早苗は固まった。
「こ、子どもの口にする台詞じゃないでしょ」
「子ども? 俺が子どもだって? 実際に子どもがどうか、確かめてみる?」
 彼の黒い瞳が俄に翳りを帯びる。早苗はますます危機感を強めた。三十一年生きてきて、こんなにも男性と接近したのは初めてだ。知らず、体熱が上昇し、頬が熱くなった。
「子どもは子どもでも、もしかしたら、俺と君の子どもができるかもよ?」
「な、なっ、なんてことを。まだ高校生なのに、そんなことが許されるわけないでしょう」
 最近の高校生は随分とませているものだ。なんて、考えている中はまだ余裕があったのだ。ふいに熱い感触が唇を覆い、早苗はびくっと身体を震わせた。
 息苦しさに喘げば、わずかな隙間からヌメリとしたものが口に差し入れられる。
「―!」
 逃げ惑う舌を絡められ、烈しく吸い上げられた。ピチャピチャと淫らな水音が静まり返った室内にどこか艶めかしく響く。
 どれくらい経ったのか。気が付けば、彼が先刻と同じように見下ろしていた。
「もしかして、泣いてる?」
 指摘されて初めて、頬が濡れているのに気づいた。手のひらで頬に触れ、唇を噛みしめてうつむいた。
「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」
「―える」
「え?」
 彼がまた顔を近づけたので、早苗は咄嗟に顔を背けた。彼が傷ついたような表情になり、早苗から離れる。
「もう帰る」
 早苗は起き上がった。床に脚を降ろし立ち上がろうとしたその手を背後から掴まれる。
「何なの? 手を放して」
「帰っちゃうのか?」
「あなたは規約違反をしたんだもの。私がこれ以上、ここにいる必要はないでしょう」
 冷たく突っぱねると、彼の声が懇願するように続いた。
「お願いだ、帰らないで」