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短編集7(過去作品)

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 そう言ってフォローしたつもりの私が、実は一番釈然としない。何と言っても、離れている私でさえ、花の香りに気が付くのだ。目の前にいる人たちが気付かないというのも、納得がいかない。
 コーヒーの香りが充満しているこの店内で、少なくとも五メートルは離れたところに座っている私が気付くこと自体、そもそも普通じゃないのかも知れない。
 菊について思い出したさっきの話を陽子さんにしてみた。
「そうなんですか。菊にそんなイメージがあったなんて……。人それぞれ感じ方も違いますからね」
「ええ、まあ、子供の頃の他愛もない思い出ですけどね。思い込みというやつですよ」
「でも思い込みが顔を出す時というのは、辛いことが多いのかも知れませんね」
 そう言った陽子さんの表情が少し曇った。そして視線の先には私と同じ菊があったのだ。
――ひょっとして、菊に嫌な思い出でもあるのかも知れない――
 このまま、この話題を続けていいものか、少し考えた、しかし、一瞬の曇りなので、気にすることもないだろう。
 その後の会話は、世間話に終始していた。
 会話のネタがないわけではなかったが、時折見せる寂しそうな彼女の顔を見た私は、立ち入ったことを聞く気にもなれず、そのうち会話が途切れ気味になる。
 元々、相手に話題がないと会話を続けていく自信のない方で、会話ネタの提供者ではない。振られたネタに突っ込んで会話に彩りを加えることには自信があったが、きっかけを逃すと、会話が途絶えてしまう。そこから先は、焦りと相手の顔色を見ることに神経を使い、会話を復活させるほどの余裕がなくなってしまう。
 実際、こんなことではいけないと思う。中学、高校と彼女もできず、彼女を連れている友達を見ながらイジイジするのはもう嫌だ。
――自分を変えたい――
 もし彼女ができてデートをすることになっても、私に話題がなく会話が滞ってしまったら……。額を汗が流れ出し、苦痛しか感じないような環境に追い込まれるなど、想像するだけで辛くなってしまう。何よりも私のことを気に入ってくれた女性に対して失礼で、私と同じような苦痛感を味あわせるのは実に忍びないことである。
 大学に入り、何とか自分を変えようと努力は重ねているつもりである。本屋で見つけた「雑学」の本で話題を豊富にしたり、喫茶店などに先輩から連れて行ってもらった時でも近くにいるアベックを何気に観察し、男としての気の遣い方をさりげなく勉強したりするなどの努力を続けていた。
 しかしいくら勉強してもそれは「机上の空論」でしかなく、彼女ができない私にそれを実践する場がなかなか訪れない。元々の気の弱さからか、女性と話す機会にも恵まれない。なかには友達に紹介してもらうという人もいるようだが、
紹介してもらって続くのだろうか?
という疑問がどうしても頭から離れず、せっかくの機会を逃しているかも知れない。
「純也は変なところのプライドが高いからな」
 そういう声も聞こえてくる。
「プライドが高い」というわけではない気がするのだが、周りから見れば表に表れた結果として、そう思われても仕方のないことだ。
「プライド」という言葉が一番似合わないタイプの人間だと常々思ってきたが、頑固で意固地なところがある私は、他人から見れば、それが「プライドが高い」ということになるのだろう。
「ねえ、もう少しお話しして下さる?」
「ええ、いいですよ」
 彼女の表情に先ほどの不安気な様子はうかがえない。どちらかというと、安心感が戻ってきたような気がするのは、私を見つめる目が光っているように見えたからであろうか。
 目が光る……。
 一口にそう言っても、いろいろな受け取り方がある。
 暗いところで見ているのが一般的なのだろうが、コンタクトをしている目が光っている場合、泣きたいような感情移入があった時の潤んだ目、逆に自分に自信があり、いつも先を見ているような希望に満ち溢れた目、さまざまである。
 が、その時の彼女の目を見る限りでは、感情移入や、希望に満ち溢れたという感じは受けとれない。ただ、私にだけ向けられた時の潤んで見えるその目は、今まで待ちわびた人が目の前に現れたような表情に見えて仕方がない。さらに話しがしたいという哀願も、表情に表れているのだ。
 そんな目で女性に見つめられたことのない私は、正直戸惑っている。いつもアベックを見ていて、女性が男性を見る眼差しは、横から見るからこそ目に見えない光線のようなものが一直線に伸びていて、ゾクっとしたものを感じるのだが、実際に自分が見られるなど考えても見なかった。
 だが、実際に見られると他人に感じたような羨ましさはなく、却って向けられた視線にドキリとする暇もない。「ヘビに睨まれたカエル」のごとく感じるのは、やはり視線の熱さが自分の想像とかけ離れていたからであろう。
 しかし、会話は思ったより弾まなかった。ほとんどが彼女からのもので、私は相槌をうつだけに留まっていた。しかしその相槌もまるで金縛りにあったかのように、彼女から見つめられていることを感じているためか、タイミング的なものがうまくいってなかった気がしていた。
 ただ、彼女も最初こそあれこれ話題を変え、話していたようだったのだが、途中から一定の話に集中したような気がした。一定の話というか、一定の時期のことが中心になっていた。
 それはちょうど半年くらい前のことだったろう、自分も半年前のことを思い出してしまうくらいであった。
 私がちょうど半年前というと、まだ受験前で、精神的に不安定だった時期である。いくら気分転換しようとも、最後には受験という現実が私を待っているのだ。どれほど遠くへ追いやろうとも迫ってくる受験というものを、私はただ受け入れるしかなかった。それが運命であり、逃れられない現実なのだ。
「そういえば、私は以前にも同じ花を見た気がして仕方がないんですよ」
 唐突に思い出したように話す私に対し、彼女は一瞬驚いて見せた。しかし、それも一瞬のことで、すぐに返事を返してくれる。
「どこでですか?」
「この店に来たのは、間違いなく初めてなんです。でもね、以前同じ花を、しかも同じように出窓のところに置かれているのを見たという記憶があるんですよ」
 彼女は興味津々な潤んだ目を私に向けている。
「そこは陽の当たる場所で、今のように出窓を通して降り注ぐ陽の光を一身に浴び、輝いていました。夜露に濡れていたのか、キラキラ光っていたのを鮮明に覚えていますね。とても綺麗だったですよ」
 陽子さんはそれを聞くと、私に向けた視線を正面の菊の花へと向きかえした。じっと見つめるその目は、私がいつも羨ましく思っている恋人を見つめる女性そのもので、うっとりしている感じをうけた。
――彼女、恋人はいるのだろうか――
 そんな思いがよぎった。
 彼女の菊を見つめる目が、恋人を見つめていることを物語っているような気がして、少し複雑な気がしてきた。
「菊の香りがする男の人っていますよね?」
 一瞬、彼女の言いたいことが分からなかった。
「それはどういう意味ですか?」
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次