水のようなあなた
「本当にこれは危ないですって、亜希子さん!」
「私、養子引き取ろうと思ってるの」
「は?」
命の危険を感じ流石に声を大きくした所に、まったく思いもよらなかった言葉が続く。声のボリュームはそのままに、貴臣は間抜けな音を漏らしてハンドルを握る亜希子を勢いよく振り返った。
そのあまりの間抜けさに力が抜けたのかどうかは知らないが、メーターの針がゆるゆると元の場所へと戻っていく。困惑も露わな義弟を放置し、亜希子は「そこのサービスエリア寄るから」とだけ言って、これまでの暴挙が嘘のようにゆっくりとハンドルを切った。
「養子? え?」
「実は結婚してしばらくしてからずっと治療してたの。でも中々上手くいかなくてね。この間、医者にこのまま続けても確率は低いけどどうするかって聞かれてさ」
「いやでも、亜希子さんの年齢だったらまだ、色々今やりようが」
「あるわよ、手段を選ばなきゃいくらでも。でも、医者の言葉聞いた時に、ふっと肩の荷が下りたというか、思った以上に自分で自分を追いこんでいたみたいでね。ちょっと、遠いけどこの辺りに停めちゃっていい? コーヒー飲む?」
「お構いなく、って違う! 亜希子さんそれでいいの? 養子ってだって、確かに良い出会いも一杯あるけど、俺みたいなのが」
「あんたみたいなのがいるから、でしょ」
サービスエリアの中でも端の方に、車が停まる。先程までの荒々しさからは考えられない静かな停め方で、両脇の線にぴったりと沿い、ほぼ距離も均等になっている。
エンジンを切ってハンドルを抱えるようにもたれかかると、亜希子は呆けた貴臣にそれはそれは特大の溜め息を吐いた。
呆れが四割、恥ずかしさが二割、そしてあとの四割が何だろうか。あんまりにも亜希子が穏やかに見詰めてくるものだから、考えが上手くまとまらない。
「あんたにとって、うちに来たことがどうだったかはこの際置いておく。母は悪人ではないけど善人でもないし、父は責任とか義務だとかそういったことに頭を回す方が先だし、私はこんなだし。でも、私はあんたが来たことを後悔したことは、一度もなかった。なかったことにしたいと思ったこともね。というか、そんな驚く? 別にわざわざ声高に言いふらすつもりもなかったけど、あんた私の今までの行動理由なんだと思ってたの」
「拾ってきた犬猫に対する責任感かと」
「あんたって、ほんと」
言いかけて、いやそれは私もか、と下を向いて独りごちた。緩く頭を振ると、貴臣を正面から見据える。
遥といい亜希子といい、強い女性の視線はどれも美しい。そう気付いた貴臣は、心の中で樹に笑いかけた。これは、自分たちのような人間はどうあがいたって敵いっこないのだと。