水のようなあなた
「凄まじい姉ちゃんですね」
「滅多にうろたえない担任も同じこと言ってたよ」
「しばらく、弄られたりしたんじゃないすかそれ」
「それは元々だったし、あんまり覚えてないかなぁ」
ほら、俺、他人にあんまり興味持てない人種だから。自分としては、過去最高に上手い冗談を言ったつもりだったが、光希は酷く動揺したのか、視線をさ迷わせ、俯いてしまった。
元彼女の結婚報告を聞いた日の笹原を思い出させる。笑い飛ばしてくれる声が隣から上がらなかったので、仕方なく自分で笑って終わりにする。乾いた笑いは、同じく乾いているなら落葉する紅葉の方が綺麗な分百倍マシな無様さで地面に落ちて、砕けた。
「うん、ごめん、嘘ついた。言われたことは、今でも覚える」
やっぱ事情のある子供は、大学行くのも大変なんだぁ。
でも良いよね。お金に余裕のある家に貰われたんだから、ラッキーじゃん。
影で言われたことも、正面から言われたことも、どちらもよく覚えている。言った人間のことは微塵も覚えていないのに、台詞だけはやたらはっきりとこびり付いていた。声だってもはやあやふやで、ある時は女の声だったり、ある時は男の声だったりまちまちなのに、板に彫刻刀で刻み込んだかのようだ。
「俺の方こそ無神経なこときいて、すんません」
「いや、その、なんていうか箍が外れてるのはこっちの問題だから、むしろ気を使わせて申し訳ない」
正直、自分でも会ってすぐの人間に喋り過ぎでいる気がした。しかも、笑い話にするには幾分か黒さが勝り過ぎている。
だが、どうにも一度話し出してしまうと、箍をかけ直すのが難しかった。自分でも驚きだが、誰かに聞いて欲しいという思いがずっと胸の中にあったのかもしれない。ましてや、今いる場所が場所だ。自分にとっては因縁深い山だ。ここで貴臣の人生は大きく変わったと言っても良い。だからこそ、この山でつかえを吐き出してしまいたかった。