小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

水のようなあなた

INDEX|12ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 


「……道に迷った、とかじゃないっすよねぇ」
「一本道だからね」
「このツツジって確か夏前に咲くやつだよな。変にリアルな色合いで、気持ち悪ぃ」
「狂い咲き、とか」
「だったら、良いんですけどね」

 お互い、どんな顔をしていいのか分からず、正面を見据えたまま中身のないボールを投げ合う。北国の雪のように、葉が地面に落ちては重なっていく。こんなスピードで散っているのに、木々からは葉の量が減っていないように見える。空中から無尽蔵に湧きでているようで、終わりが見えなかった。

「戻ってみますか?」
「今、振り返って後ろ確認するのちょっと怖いかな」
「確かに」

 来たはずの道がなくなり、眼前の光景と同じものを延々と続いている。そんなものを目にしたら、いよいよもって頭がおかしくなりそうだ。横目で光希と頷きあい、進むも戻るもできずに立ち尽くした。

「あ、クソ、電源また死んだ」

 暗くなった画面を指で弾いた動作に、打つ手なしを突き付けられる。困ったねぇとぼやいた声は、自分でもちょっとどうかと思うぐらいにふわふわと漂うばかりだ。
 焦りだとか絶望感だとかが薄いのは、あまりにも非現実的な現状のせいかもしれない。不気味さが際立つのに、心が麻痺してしまって、恐がるのも億劫だった。

「なんか、眠くなってきそう」
「冬山程じゃないですけど、流石にヤバいっすよ。危機感ないって、お姉さんにはっ倒されるんじゃないですか」
「あれかぁ、結構痛いからもう一度はちょっと遠慮したいかな」
「既に経験済みかよ」

 殴られた頬をさらりと撫でる。思い返せば、平手ではなく拳だったか。喧嘩らしい喧嘩もしたことがない貴臣の人生の中で、人にはっきりと力を振るわれたのはあれが初めてだった。できれば、最後であって欲しいものだ。
 元々が整った顔の人間が、怒りに顔を歪めて拳を振り上げる様など、ちょっとしたホラー映画なら裸足で逃げ出す迫力だった。

「突っ込んだこと聞くようであれなんですけど、よっぽど、ヤバいこと言ったかやったかしたんですか」
「どうだろ、大したことなのかな。大学に行かないって言っただけなんだけどね。進路希望はあったし、十分狙えるから挑戦してみろって担任からは言われたんだけど、やっぱり厚かましいかなって」

 険しい顔をしていた義父は、預かり者とは言え自分の家からそういった身分の人間を出すのをいたく渋ってはいた。
 貴臣だって、最初からそんなつもりはなかったのだ。途中までは、大学の資料請求もしていたし、有利子でもいいからと奨学金の説明会も受けていた。

「……うるさい連中は何処でもいますからねぇ」

 言葉の裏に隠した部分をずばりと言い当てた光希に、貴臣は無言で肩を竦めた。
 悪意があるにしろ無いにしろ、行くんだ?と聞いてくる言葉は毎回少しずつ貴臣の内側の軟い部分を削っていく。
 最後のダメ押しは、末の息子のために少しでも資金を残しておきたいという、義母からの訴えだった。ただの訴えだったらまだ気分も楽だが、大学なんて行きたくないなら無理する必要ないのよ?なんて善意の上っ面を装っている分有象無象の言葉よりも確実に貴臣の急所を抉った。

「うん、まあ、そんなこんなで、就職の方に舵切ろうと思ってたら、義姉にばれてね。それだけなら良かったんだけど、昔なんかの折にうっかり口にした学部の話を覚えていたみたいで。おまけに、こっそり請求してた大学の資料まで見つかっちゃって言い逃れできなくてさ」

 その怒り方と言ったら、雪の成分は何処にもない、燃え盛る炎そのものだった。
 三者面談を後日に控え、家の中での最終的な貴臣の意見を調整しようとしていた所に、亜希子は文字通り殴りこみに来たのだ。そして、突然の義姉の登場とその憤怒の表情に飲まれ呆けた貴臣の胸倉を掴むと、一瞬の躊躇も見せず思い切り殴り倒したのだ。

 当時既に学年でもかなり高身長の部類だった貴臣に対し、亜希子は女性にしては高いが160後半程度だ。間にある差は歴然としていたが、思いもよらぬ暴風に貴臣は椅子から転げ落ち、義姉を見上げるばかりだった。
 その貴臣の顔面に、部屋に隠していたはずの希望大学と奨学金のリーフレットを叩きつけ、亜希子は音でもなりそうな勢いでその場にいた全員を睥睨した。あの瞬間、家という国家の女王は間違いなく彼女だった。

「早く社会に出たいなんて、一人前気取った口きくのは、勉強できること最大限までして、何かしらできるようになって少しは社会貢献に役立てる人間になってから吐けって。このご時世になんとなくで、就職して何かあった場合、誰が面倒みるんだって義両親に詰め寄ってって中々な光景だったなぁ」
「そういうの地獄絵図って世の中では言うんですよ」
「まあ確かに極楽からは程遠いよね」

 震えあがって耳を傾けていた光希は、両肩を擦った。ふいに、今、目の前に広がる光景は、地獄と極楽どちらに近いのだろうと思考がずれる。天上の世界に咲いているのは、淡いピンクの縁取りをされた純白の蓮だった記憶がある。なら、真っ赤に染まる光景は地獄に近いのか。白い砂利と赤い空に、これで川のせせらぎでも聞こえたら三途の川が相応しい。

「断固として自分は面倒見ない。誰にも面倒見させるつもりはないから、自分の生活くらい自分で責任持てって言い切ってね。俺の首根っこ掴んで、そのまま独り暮らししてたマンションに連行、深夜まで尋問コースだったよ」

 洗いざらい希望大学と進路について吐かされ、義父とそれについて長時間電話でやり取りしていた。そして後日の三者面談には、義母の代わりに彼女が参加し、担任に進学の旨と連絡先を置いて、颯爽と帰ってしまったのだった。
作品名:水のようなあなた 作家名:はっさく