水のようなあなた
暫くして義母の懐妊が分かり、状況は一変した。彼女は目に見えて貴臣に触れることがなくなった。
やっぱり、お腹を痛めて生んだ子は可愛いわよ。と、電話口で友人に話しているのを意図せず聞いてしまったこともあった。亜希子はその義母の態度に鼻白み、ますます母娘間の温度は下がっていったが、懐妊自体にはあまり驚いていなかった。もしかすると、予兆を感じ取っていたのかもしれない。
他人だと、あそこではっきりと言われたことは今思えば救いだったのかもしれない。代わりになる様に望まれて貰われていったのに、結局、貴臣は代替品になれなかった。望まれるように振舞おうとしても、どうしてものっぺりとした顔の人形じみてしまい、滑稽な振る舞いに見えたことだろう。
「天野くんは兄妹いるの?」
「兄貴が一人。でもここ5年ぐらい会ってないんですよね。結構やんちゃな人で、高校辞めた後は、東京に行ってそれっきりなんですよ。……あ、携帯電源生き返りましたよ。電波は相変わらずですけど」
ほら、と画面を見せてきた光希につられて、貴臣も再度ポケットの中身を確認する。が、相変わらず、画面は暗いままで反応はない。充電器ぐらい買ってくれば良かったなと反省しつつ、ただ重さを主張するだけの板きれをしまい直した。
「つっても、俺のも残量赤なんでいつまでもつかは微妙ですけど」
「ああ、でも、ほらそこのヤマツツジの茂み抜ければ駐車場の裏手がすぐだったはず」
出口が近くなった分、気分も足取りも軽くなる。自然、少し早足で緩いカーブを抜けた貴臣は、そのまま固まってしまった。おかしな様子に気付いた光希も、どうしたんすかぁと軽い口調と笑みで隣に並び、そのまま口元を引きつらせてしまう。
それまで冬を間近に控える山並みが続き、茂みの向こうからの県道を通るトラックの排気音も聞こえていたのだ。
線を抜けた先に広がっていたのは、何処までも続く山ツツジの茂みと白い砂利道だった。
日の光と共に真っ赤に色付いた紅葉の葉がはらはらと間断なく舞い落ち、両脇の茂みには真っ赤なツツジの蕾が重たそうに揺れている。視界を占める圧倒的な赤と白の量に、くらりと目眩がしそうだ。