小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ミチシルベ

INDEX|9ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

九 準備
 岸場は下京した次の日、すぐに気心の知れた病院に向かった。通常生物が生息できない環境の場所へ行くのであるから事前のメディカルチェックは必須事項である。経験者と言えども山上で体調を崩さないという保証などない。
「どうですか?」
「うん――」
 主治医はX線の写真に目を遣りながら口を開いた。
「行けるかと思います、しかしこれが最後のトライだと思ってください」
「そうですか……」
 岸場も同じように写真を見た、嫌でも目は一点に集中する。三年前に初期ではあったが腫瘍の摘出をおこなった生々しい跡が見える。しかしそれは初期であって日常生活では全く問題がない、日常生活では。それは岸場もよくわかっている。
「普通ならストップです、岸場さんの経験を加味している事を忘れないでください、それと……」
「それと?」
「あなたの指が失われる可能性が、あります」
 これから行こうとするところは日常生活の場ではない。地球上でもっとも厳しい地域であり、通常なら生物が生命を維持することなど出来ないようなところだ。行けないわけではない、しかし相当の負担がかかるうえ以後の生活に影響が全く無いとは言い切れないといったところだと岸場は認識した。
「ストップしても行かれるのでしょう?」主治医は周囲に聞こえない程度の小さな声でそう問いかけると、二人は小さく微笑みあった「くれぐれも無理しないでください。あなたには家族があって、あの時とは違うのですから」
「わかりました、ありがとうございます――」
「しかし、あなたほど実績のある方が再びエベレストとは」
 主治医にしてみれば命がけで、しかも大きな代償を払って生還してきたところにもう一度行くことのリスクがあまりに大きいことを一に指摘する。それは一般的な意見であって、岸場の選択を否定する気など毛頭ないことはお互いに分かっている。
「やっぱり、あそこには何かがあるのでしょうね。どうしても行きたくなる何かが」
「そうですね」岸場は表情一つ変えずに笑みを浮かべた「忘れ物を取りにいかなければならないのですから」
 20年前の出来事を知る医師は何も答えなかった。
「それと、今回は依頼があったんですよ『どうしても一緒に言ってほしい』と」
岸場は依頼主である市島晋作の話をすると、医師は頷きながらゆっくりと答えた。
「それなら貴方は是が非でも行くべきです。貴方には一番良い治療法だと思います」 
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔