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ミチシルベ

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七 依頼
 岸場と松沼は久方ぶりに新幹線で揃って上京し、所属の登山会の会合に参加した。ホテルのホールに集まった登山家たち。ここにいる者は皆「あの世界」から生還してきた者たちだ。20代から70代まで老若男女が一同に会して一点を見つめている。その先にあるのは慰霊の祭壇、志を同じくしてここで会いたかった者たちへの鎮魂と黙祷から会は始められる。
「それでは皆さま、盃を掲げて――」
 会長の乾杯の温度で会が始まった。日頃飲酒をしない岸場もこの日だけは盃を交わすことにしている。岸場は会う人それぞれにグラスを重ね、それぞれの思いを聞くことにした。
   * * *
「お久しぶりです!」
「ああ――」
 歓談も深まって行き、岸場と松沼のもとに一人の青年が駆け寄ってきた。
「晋作君じゃないか」
「大きくなったな」
 頬にはそばかすといったあどけなさの残る青年の名前は市島晋作(いちじま しんさく)。そういえば二年前に念願のエベレスト登頂を果たし、この会の仲間に入ることができた男だ。
 20年前、彼はまだ泣き虫の小学生だった。最初にあったのは20年前のあの時、岸場たちが帰国してすぐの時だ。あのパーティでただ一人帰還できなかった者を知っている人物である。正式な葬儀はしていないが、あの時題目の無い会を開いた。その時参列していた彼がそこでずっと泣いていた姿が未だに二人の心の中でダブって見える。
「はい、おかげさまで!」
 ハキハキとした返事が帰ってきた。彼もまた登山家一家で一族の血は争えないようで、大人になり山の道に入った。彼の父もまた登山家であったが、この会には参加することが出来ない。一度は目指そうとしたが、別の8000メートル級の山で訓練中に絶望的な雪崩にあい生還はしたのだが、凍傷で足を失ってしまった。そういう意味では晋作がここにいることは、一族の悲願だったともいえる。
「岸場さんは、来年どうされますか?」
 ここでの質問の意味することは一つしかない。もちろん世界の頂点への挑戦のことだ。
「岳さん――」
 松沼は岸場の顔色をうかがった、岸場はその視線を認知していたが目でそれを制した。
「二拓で答えるのなら、考えている。ただ、私が行っていいのだろうか?しかも君と……」
当然の答えだろう。20年前、岸場と松沼はそこで晋作の知る人物を失っているのだ。なのにそこへ行くのかと質問するだなんて。
 確かに、補償や謝罪、その他諸々の当事者間の問題は解決済みである。しかし、まさか晋作の方から質問してくるとは二人は思いもよらなかった。
「でしたら、一緒に行きませんか!僕も、確認したいのです」
「何をだ?」
「もちろん、『あの場所』ですよ」晋作はニコッと笑った。「僕は、二年前に登頂したときはチベットルート(チョモランマ)で攻めたんです。なので……」
晋作は直接表現しなかったが、2年前に登頂したときは別ルートだったので、岸場たちがあの時経験した『あの場所』には行っていないということだ。
「しかし、それは……」
松沼が口を挟んだ。それはとても辛いところへ行くことを意味するのはいうまでもない。しかし彼の表情をみるとそんなことは分かった上で発言しているのがありありと分かった。
「僕にも確認する権利が、あると思います」
 二人は晋作の視線から逃げることは出来なかった。彼もまた何かが引っかかっている。それを取り除けるのは我々しかいないし、取り除く義務があると直感したことはお互いの顔を見なくとも分かった。
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔