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ミチシルベ

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六 うそ
 20年前、確かに岸場のパーティはシェルパ含めて5人組でサガルマータ登頂に成功した。しかし、その帰路で1名が滑落したことになっている。
 そう、「なっている」のだ。この事はあの時あの場所にいた人間しか知らない。下で状況を見守っていたベースキャンプ隊にも岸場はそのように報告している。
 しばらくの交信が途絶えたあと、A(アタック)隊はB(ベースキャンプ)隊に、
「1名滑落。発見できず」
とだけ伝え、自らも死の淵から戻ってきているのだ。
 とにかくあの時は余裕がなかった。想定外の吹雪、少ない酸素、凍りついて感覚がなくなった指先、岸場の指の一部の感覚は未だ戻っていない。そこにいるだけで削られて行く体力、そして自分の未熟さと経験不足からくる無茶な計画――。言い出せばどれにも不備がある。とにかく、発生してしまった結果は結果という形に残った事実であって覆しようがない。
 
 そこには『うそ』があった。しかし、それは当事者すべてが望んだものであり、それが何かの法に触れるわけでもなければ誰かが困ったり被害を被るわけではない。「うそも方便」と言うように、これは言っていいうそだと思っているし、第一その場所がとんでもないところでウラを取れる事はない。
 20年前についたうそ。そして10年前にもう一度そこへ戻った松沼はまだそのままであることを確認してそこに国旗を置いてきた。そして現在、
 
   それは『ミチシルベ』としてそこにある――。
 極限の地には整備された道など、ない。そして、自然の風雪以外にそこにあるものを動かす物もない。よって、そこにある国旗はいつまでもそこにある。それが意味するものは、そこは登山者が通過したことを証明する、言い換えれば「この道は間違っていない」ことを表しているのだ。
 悪い言い方をすれば、忘れ物を隠して来たのだ。しかしそうすることが岸場たちのできる最大限の善後策であり、極限の状況の中で望んだことだった。実際にそこは「日の丸ポイント」としてある意味では下界からやって来た登山者の命を守っていると言えよう。
「先生、来週は東京で登山会の会合がありますけどいかがされますか?」
 岸場は物思いに耽っていると志織が自分を現実に引き戻した。
「ああ、そうだね――」岸場は手帳を確認した。ところどころで娘の美由希が落書きしているが、その日は大丈夫そうだ「では、予定通り。悪いけど志織ちゃんは留守番しててくれるか?」
会合に出るのは岸場と達郎の二人だ。これはメンバー限定の会合であって、情報収集をするに当たりこれを利用しない手はない。
「わかりました。おみやげ、期待してますね」
志織は屈託の無い笑顔を見せた。 
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔