ミチシルベ
五 真相
『忘れものは』今もそこにある。
岸場は大きく息を吐いてもう一度天井を見つめた。
「そうか……、やっぱり行かなきゃなんないよな」
山に入る者は何も置いて帰らないのが大原則だ。極限の地域において物を残すということは山に対しての冒涜にも値すると同時に、現実的な問題として回収する手段もないから、いつまでもそこに残ってしまう。ヘリコプターだって高度8000メーターを超えれば飛ぶことすら困難だ。足でたどり着くだけで精一杯の場所においては至極当然のことだ。
しかし、岸場たちは20年前に大きな忘れものをした。そして10年前、再び登頂した松沼はそれを確認し、苦難の判断の末そこに国旗を置いただけで回収することはしなかった。というよりも、技術的、体力的にもできなかったと言う方が正確な表現だろう。
「最近の世論では、山をキレイにする方向らしいですよ」
ご当地では世論がそう傾いていると松沼が説明した。それについてはお互いに賛成論者だ。
「今すぐにできるとは考えにくいが、それだけは避けたいものだな――」
「そうですね、確かに」
そうなってしまうと忘れものは他人の手によって処理される可能性がある。それでは岸場たちが今もなおこうして山に関わっていることの意義がなくなってしまう。
「私も体力が年々落ちている、行けるとしても一回こっきりだ」
「だったら、早い方がいいですね」
「そうだな――」
「とにかく、来期も一応エントリーしておこう」
極限の地域に行くには事前の準備が必要だ。それも長い時間をかけて調整をとる必要がある、一朝一夕に身に着けた体力と経験で登れるような山ではないうえ、適応訓練のため現地でも長い滞在を必要とするからスケジュールの調整もしておかなければならない。生物が生きていけるような世界ではないから当然であるが、そこへ行くには自身の生命についても覚悟を決めて臨む必要がある。
「そうだ、志織ちゃん。手配はいつまでだったっけな?」
「まだ日はありますよ。安心してください」
「そうか、とりあえず早めに連絡を入れておいてくれ」
岸場は志織にそう伝えると、彼女は元気な返事をしてデスクに戻りPCのキーを叩いた。