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ミチシルベ

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16帰国

 岸場たちは無事に下山したあと、生死をともにしたシェルパたちと別れの宴をした。これが最後の登頂と決めていた岸場は今度彼らに会うことができるか分からない、それだけに彼らのなかなか強烈な振る舞いには大いに応えて見せた。そして翌日、彼らは登山をした時以上の千鳥足でネパールを発った。
 飛行機はその日のうちに成田に戻り、非日常の世界は日をまたがずして現実の世界に戻る。呆気ないといえば呆気ないが、これも現実の世界の話だ。いつまでも感傷に浸るより世間の流れに呑まれて、それでももがきながら泳ぎ方を覚えるように無理矢理でも現実の世界で生きていく方が生きている実感を味わえる。世の中、そうして生きてるのだ、どんな者も、この世にいる限り――。

   * * *

 三人は荷物を受け取りゲートを通った。すると目の前には家族と一部の報道が三人を待っていた。集団の中から一人飛び出してきた娘の美由希を岸場は疲れ果て、そして感覚のない右手で彼女の小さな体をひょいと救い上げた。
「心配を、かけたな」
 岸場は娘を抱えたままゆっくり歩き、妻の前で立ち止まり美由希を妻に渡した。
「いいえ、約束どおり帰って来てくれたからいいんですよ」
 恵は感覚のない夫の右手をそっと取った。
「私は、私は……」
 岸場は後ろめたくて目をあわすことが出来ない。それと同時に妻に対する感謝と愛情の念を感じずにはいられなかった。
「いいんですよ。それがあなたの中でいつまでもあったことですから」
 恵は岸場の中にいる人の存在をずっと知っていて、そして許容していた。その人は人の住む領域ではない、高い高いところにいる彼女は夢の中で時折夫のところに現れているのをそれとなく感じていた。今眼前にいる岸場の表情を見て、極限の世界で彼女としっかり訣別したことがわかると恵の顔は安堵の表情に変わって行った――。
「おかえりなさい、あなた」
 岸場は恵に取られた、感覚のない右手を腕の力で引き寄せ、彼女の肩にもう片方の手を回した――。
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔