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ミチシルベ

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15別れ

 岸場のマスクからブザー音が聞こえてきた。持ってきた酸素が減ってきていることを示す注意信号だ。それは彼女との面会も長くはないことをあらわしている。
「本当にさようならだ――」岸場は松沼に渡された新しい国旗を手にした。今まで彼女を覆っていたそれは風雪で朽ちかかっている「私も遠くない未来に君のもとへ行くかも知れない」
「いずれ……また」
 晋作が補助をして彼女の身体に国旗を掛け、彼女をもとの姿に戻した。極限の地での極限の別れ。岸場が流した涙が日の丸の赤い部分に落ちた。動くはずのない冷たいその体から不思議なぬくもりを感じた。
「もう……、いいのか?」
「ああ」岸場はゆっくりとひざを上げた「これで、いいんだ――」
岸場の顔色が良くない、それを察知したツォンは速く下った方がいいと提案すると二人を差し置いて岸場だけが頷く。
「帰ろう、俺たちは生きて帰らないといけないんだ!」
「でも……、もう少し……」晋作が続きを言おうとしたところで松沼がそれを制した。
「そうですな」
 岸場と松沼は20年前のここであったことを思い出した。

   「私はここで『ミチシルベ』になる――」

 感情で判断すれば命取りになる、あの時も若さ故の傲りがあった。守るものがある今は自分だけで判断するべきではないことをこれからの青年にも示さねばならない。
「そうだったな……」岸場は上空を見上げた「私たちは、一生をかけて伝えなければならないのだ。この地では相当の覚悟を要することを――」 
 晋作はその場に立ったまま動けなかった。20年間の苦悩と思いを理解しようと努力をしたが、涙を流すこと以外には何もできなかった。  
「帰るんだ、『この世』に。ここは……『あの世』だ。留まるところでは、ない――」
 松沼が晋作と岸場の肩を叩いて、ここに留まりかけた魂をこちらに引き戻した。
「ありがとう」
 岸場は感覚を失った右手で彼女の額のある位置に手を触れた。全く熱を感じない、この一線を越えた世界全体の一部となっている。
 そして彼女はミチシルベになった。これからも、下界からやってくる生ける者に無言で正しき道をそこで教え続けるのだろう。彼女はここで永遠の身体を得て神の世界の案内人になった。彼女の最後の望み――、岸場たちはそれを否定することはしないし、出来るはずもない。五人は待つ人のいる現世に向けてゆっくりと雪の上を下り始めた――。
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔