もやもや病 3
24 身体障害者手帳 5級
次男は、右手の麻痺を身体障害者手帳を取ろうとしたときに、ドクターが書いてくれた内容より等級が下がり
体幹5級という身体障害者手帳を手にした
身体障害者の手帳はとても厳しい等級になっているから、片手がないということなら等級は上がっても、麻痺ぐらいのものでは何と言うことはない
ずいぶん後になって、リハビリという自助努力をしなかったら、もっと等級が上がって何かの役に立つのかと思ったこともあったが、そうではなく、麻痺したまま使えなくても、身体障害者の手帳はそのままだったのだろうと思う
そしてその後、次男は、自分の身体がそう判断したのだと思うけれど、利き手交換をして、左手を使うようになった
右手は必要最小限の使い方、手を合わせると、大きさが違う
一回りも小さい手になった…
筋肉が付いていないから、扁平な手にもなった
けれど、それでも物は持てる
家ではゲームをすることが唯一の楽しみだけれど、ゲーム機を両手で持つことが出来、親指はなんとかボタンを押せるようになった、立派なリハビリ効果だ
患者が子どもの場合、リハビリの目標は、今まで出来たことより、これから出来ていく可能性の大きい子どもだからこそ、目標の持ち方は違ったのだと思う
右手は元通りにはならないことを、理屈ではなく体感して、ちゃんとあきらめていることに、次男自身のリハビリの目標は、ほど遠いものではなかったのだろうと思っている
今日は職場の帰り次男は整形外科に
ひとりで行かせて、私は車の中に居たから、次男の話でしかわからないけど
少し前から左手の手首の上あたりが痛いと言って湿布をしていた
主治医に次男が言ったら、僕じゃわからないから、整形に行ってみればと言われて
レントゲンを撮ったら骨がきれいだと言ってたって
右手が脳梗塞の後遺症で麻痺していることを説明できるかどうかと、ドキドキだったらしいけど、なんとか話せたみたい^^
いつ?と聞かれて25年前と答えたら、今いくつ?と
36ですと答えたら先生がへぇ~という感じで聞いてくれたらしい
で、25年間頑張ってくれている左手が痛いというのは次男は右手の分まで働かせてきたからって・・・
ましてや人使いの荒い父と母に使い回されて・・・^^;
靱帯炎と言われたらしい
腱鞘炎かと思っていたけど、その仲間みたいなものだって
湿布薬は出ないでテーピングのテープだけが処方されたらしい
でもこのテーピングだと手も握ることが出来ないけどと、次男が困った顔
膝の痛いババと手の痛い息子と両方取り替えっこしたいねって、でもあたしゃ両方痛いのはイヤだよ、なはは
高次脳機能障害のうちの感情失禁と言われた次男だけれど、怒る方の感情失禁じゃなくてほんとに助かった・・・
夫の母、次男の祖母が亡くなったとき、中学の制服を着ていた次男がどうしても泣けなかったことから父の時も、私の両親の時も、悲しいという感情がわかないと言ったけれど
飼っていた犬のマルが死んだとき、お母さん、涙が出たよって
マルの散歩も次男がしてくれていたから、一番身近に居たマルが最後に、次男を少し治してくれたのかもしれない