季節ものショートショート
またしばらく、僕らの間を静寂が包んだ。
図書館に着くと、彼女が再び口を開いた。
「今ね、二階でゴッホの絵の写真が展示されているの。少し、見に行かない?」
僕はうなづき、彼女の後に続いて、二階へと階段を上っていく。
二階には、彼女の言っていたとおり、さまざまな絵が飾られていた。
僕にはどの辺がすごいのかわからないが、きっとすごいのだろう。
ひとつわかったのは、僕には綺麗だな、と言うくらいしか語彙がないことだ。
彼女は誘ったくらいだから、どのくらい熱心に見るのかと思ったが、ゆっくり見て回るくらいで、さほど熱心とは思えない。
ふと、彼女から目を離し、絵をみて回っていると、彼女の姿が消えている。
どこに行ったのかと探してみれば、彼女は一枚の絵を、じっと見つめていた。
題名は"the starry night"。
日本語に直すと、星月夜(ほしづきよ)だ。
欧州の古風な町並みの上空に、1つの月と、11の星が輝いている。
星が、月にも負けない明るさで瞬く。
そして、光を包むように、渦を巻いて黒雲が浮かぶ。
そんな空を一本の細く高い木が貫いていた。
静かに騒々しく。
暗く明るく。
静的であって動的。
とても不思議な絵だった。
……僕がこの絵に惹かれたのは、なぜだろう?
そんなことを考えたときだった、彼女が振り返ったのは。
私が彼に声をかけようと、後ろを向くと、すぐそこに彼はいた。
彼も、私と同じ、"the starry night"を見ていたようだ。
邪魔してはいけないかと思ったが、私が何かを言うか、動き出すのを彼は待っているようだったため、考えていたことを声に出した。
「ちょっと、付いてきてくれる? あなたに教えたい場所があるの」
彼はちらりと自分の腕時計に目をやりそうになったが、思い直し、こくりと頷いて、
「……わかった。行こう」
作品名:季節ものショートショート 作家名:空言縁