柿の木の秘密
「箱の中に箱があったという発想が、僕の頭から離れないんですよ。それが本当であったにしても、作り話であったとしても、遜色ないほど深い印象を与えているような気がします」
と武明がいうと、
「杉下老人のその言葉は『確信犯』だったんでしょうね」
「確信犯?」
「ええ、絶対に相手が自分は望んでいる考えをしてくれるという思いがあったという意味での確信犯です。これは決して悪い意味ではなく、相手の発想を操作するという意味で、高度なテクニックに感じられます」
武明は、マスターの口から確信犯という言葉を聞くと、それまで思っていた疑問が少しずつほぐれてくるような気がした。
マスターの近くには二人の女性が存在していた。一人は綾乃であり、もう一人は綾乃の双子の姉妹だったのかも知れない。二人は他人が見れば、容姿、性格など違って見えていたのかも知れないが、杉下老人には同じ人に見えた。綾乃の姉妹の方は、老人との同居人に気持ち悪がられていた。ある日、不気味な様子を感じていた同居人の誰かが、綾乃の姉妹と言い争っている間誤って殺してしまった。それを隠そうと、柿の木の下に埋めたのだろう。それを杉下老人には分かっていた。分かっているという素振りを誰にも見せなかったが、綾乃にだけは分かってしまった。その時の同居人が老人の肉親でないことは明白だった。そして彼らがなぜ消えたのか、疑問は残ったが、ひょっとすると、綾乃が『始末』したのかも知れない。もしそうだとすれば、それを知っているのも、老人だけだ。
そこまで考えて一息つく。そして、さらに考える。
老人を見ているうちに綾乃も自分の罪の深さに気づいたのか、老人の前から姿を消した。綾乃姉妹のことを老人は、かつて西洋屋敷で自殺をした女の生まれ変わりではないかと思ったのだろう。杉下老人は、綾乃と出会って、自分がその時の時代に戻っていたのかも知れない。武明が二階から見えていた光景は、今の時代ではなく、古い時代のものだったのではないだろうか。ただ杉下老人が存在しているのは間違いのない事実である。まったく同じ人間で同じリアクションのはずなのに、別の人間になってしまったかのように思えた杉下老人への思いは、そう考えると辻褄が合う。
ただこの話はまったくの想像であり、信憑性は限りなくゼロに近い、
――まるで老人が子供の頃に見つけた箱の中に入っている箱のようではないか――
嘘であれ本当であれ、この話は武明に大きな暗示を与えた。暗示は本当のことをはぐらかすものもあるが、本当のことへと導くものでもあるだろう。
武明はマスターと話をしながら、明日のいつもの時間庭を見ると、そこに佇んでいるのが誰なのか、想像がつかない気がした。
――もし、それが自分だったら?
武明は、孤独は感じるが、寂しさを感じない理由が次第に分かってくるのではないかと思えてならなかった……・
( 完 )
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