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かけがえのないものがほしい

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 まるっきり子供がえりしている人だったが両親が亡くなり、血の繋がっていない母の前の旦那、つまり義理の父のところへ引き取られた。義理の父は九十歳近くなので孝一さんの面倒なんて看てられない。孝一さんも毎日デイサービスを入れられ、家族から疎んじられていると、孝一さん本人が言う。
 散歩していても、トラックの方に走り、
「死にたいの。死なせてちょうだい」
 そう言ったときは、「孝一さん」ではなく、
「孝ちゃん。死んだらおしまいだよ」そう言うと、我に返り、車に飛び込むのをやめてくれる。でも孝一さんは施設でもよく衝動が抑えられないとき、暴れたりする。
 あるとき、僕も真美も休みのときだった。高城さんから電話があった。
「孝一さんがいつになく、大暴れして、死ぬ。死ぬって言って、みんなでなだめたんだけどね。暴れた挙げ句、孝一さん急に動かなくなっちゃったの」
「それで慌てて救急車呼んで、呼吸はしてるのよね。それで病院に行ったら、てんかんの発作だって」
「てんかん?孝一さんてんかんだったんですか?」
「私達も初めて知ったのよ。フェイスシートにも主治医意見書にもてんかんなんて書いてなくて。抗てんかん薬も飲んでなかったって。義理の家族に引き取られるとき、精神障がい者が家族として入ってくるのを嫌がって、そのときてんかんも落ち着いていたから、いっそのことてんかんを隠して、精神障がい者でないことを条件に義理の家族が引き取るって」
 僕達は真美と一緒に孝一さんの病院に行った。施設長がいたので、
「孝一さんは?」と訊くと、
「もう、酸素が長い時間とれてなかったかもしれない。このまま植物人間になっちゃうかも。今点滴と酸素をつけているけど一週間経って意識が戻らなかったら、酸素も外すって。義理の家族の同意のもとで」
 僕と真美はその日は家に帰った。
 孝一さんが植物人間になって七日目の前の日、つまり六日目の夜、僕と真美は孝一さんの病院に行った。そして僕と真美は、
「ひょっとして孝一さんじゃなく、散歩のときみたいに、孝ちゃんって叫んだら目を覚ますかも」
「うん。やってみよう」
「孝ちゃん」「孝ちゃん」「孝ちゃん」僕達は叫んだ。
“神様。僕達は本当に平等に生を授かってるんですか?”
「孝ちゃん」「孝ちゃん」「孝ちゃん」
“とってつけたような運命を僕らはただなぞってるだけじゃないですか?
「孝ちゃん」「孝ちゃん」「孝ちゃん」僕達は必死に叫んだ。
 そのとき施設長が来た。「目、覚まさないようね。明日酸素を外すわ。精神疾患を隠したがための悲劇ね。精神疾患を隠したがための悲劇」
“僕らは本当に平等に生を与えられたのですか?人はほっぽっといても、勝手に育つもんじゃないんだよ。神様本当にあなたは僕達を平等につくられたのですか?”
“愛も介護保険で買えってのかよ。愛ってなんだよ”
 
僕達の職員も、
「逝くときは、ぽっくり逝きたいわよねえ。幸せで元気だったのがあるときぽっくり」
 そう笑いながら話す。
 本当にその通りだと思う。

“施設から在宅へ”

世の中のこの意向は賛成だが、言うは易し行うは難しだ。

 僕は介護の仕事に全力を注いでいるが、二十四時間介護のことを考えているわけではない。ストレスも多いし、オフの日は介護のことを考えないで、リラックスしたいし、遊びたい。
 まだ若いのだから、「リンゴの唄」「青い山脈」を覚えていても、休みの日に嫁とカラオケで新しい歌を歌っているときの方が、本当はずっと楽しい。
 施設で食事をするが、僕達は小規模多機能型だから手料理を提供する。これが大きな施設だとひどい。僕は研修で何度か大きな施設で食事をしたが、あれが毎日だったら、気が滅入っちゃう。
 僕は休みの日に嫁とタイ料理を食べ、ビールを飲んだり、中華料理を食べながら、紹興酒を飲んだりする。
 こうやって外で楽しめるのも、内心施設で入居している人に悪い気がしなくもないが。
 僕は飲みに歩くだけじゃなく、施設で仕事をしていると、どうしても古い話題や毎日同じ話題になってしまうので、私生活では努めて新しいことに挑戦する。ニュースだけでなく、新しいドラマを観て、新しい俳優の名前を覚え、新しいコメディアンの話題なんかは施設でも職員の間で流行ったりする。しかしその新しいネタを老人の前で披露すると、ぽカーンとして、あの施設で育った、五十五歳の車椅子に乗った笠原さんだけ笑ったりする。
 体力の衰えを強いられている老人を見ると、自分が若いということのありがたみが分かってくる。だからまだ若いんだから、筋肉もつけられるし、勉強もできる。
 僕は仕事帰りにフィットネスに行って、水泳をして、水泳後には豆乳か牛乳、あるいは飲むヨーグルトを飲む。筋肉をつけるには、運動後にたんぱく質を摂るのがいいらしい。
 水泳のほかにもう一つの趣味は英会話だ。仕事の休みがイレギュラーだから、英会話スクールには通えず、英会話カフェに行く。僕はたいして英語が話せないから、恥をかくときも多いが、今日も代官山の英会話カフェに行くことにした。
「ハーイ!」
 そう挨拶で始まって、「何の仕事をしているのか?」「なんの趣味を持っているのか?」
 そういった簡単な会話をする。その受け答えだけ覚えたから、僕も何とか英会話カフェに参加できるのだ。
 僕のテーブルは僕以外の人は外務省で働いている人とIT企業で働いている人と、講師の先生で四人だ。
 僕が介護の仕事をしているというと先生は、
「イット、サウンズ、グッド」そう言ってくれる。
「でも大変でしょう」
「そうですね。毎日大変です」
 そう英語で返す。
 ここ代官山で英語でやり取りするのは、普段の仕事の雰囲気から想像がつかない。まるで別世界だ。流暢な英語を話す外務省で働いている人が、
「実は私も母を施設に預けている。父が亡くなってから、母はアルツハイマーを発症し、母の面倒が看れなくて施設に預けている」
 そう何となく細い目でそう言った。
 僕はそのあとも他のテーブルに移動したりして、その日は金曜日だからビールを飲めるのでビールを飲んでいた。
「ITの仕事は大変でしょう?」
「やっぱり若さには勝てないね。脳が若くないと、ついていけない。でも四十歳過ぎの人を簡単に切るような会社は、それなりの会社だよ」
「英語はどうやって勉強したんですか?」
 僕が訊くと、
「まあ、DVDを観て、スクリプトを付けたり外したり、何度も観て、仕事に比べれば英語なんて大したことないよ。君ニューヨークに行ったことある?」
「ないです」
「いったほうがいいよ。ブロードウェイの劇とか最高だよ。エンパイヤステイトビルの夜景。自由の女神。セントラルパーク。ブルックリンもいいね」
「いいですね」
「ハワイもいいし、近場だと韓国、台湾」
「いいですね。行きたいですね」
「行ってきなよ。まだ若いんだし」
 彼はそう言った。
 僕は、
“海外か、嫁と大型連休を取るのは難しいな”そして普段している嫁との会話を思い出した。
「健君はいつも水泳とかしてて、老後も元気そうだから私が老いたら、車椅子であちこち連れて行って」
「ああ連れて行くよ。山下公園。動物園。美術館。毎日が、外出レクだ」
「それと小説も書いてね」