俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第三章第一話】
「穏やかな名前じゃないにゃ。いかにも曰く付きの物件ってとこきゃ。」
「ここでは何人も自殺者が出ており、今じゃガラガラになってしもうた。聞くところによれば、悪いヤツが住んでいて、そいつが酷い嫌がらせをマンション住民にやって、次々と自殺者が出て、賃貸マンション全体がガラ空きになった。マンション住民だけでなく、近隣の人たちからもマンションオーナーの両親のところに苦情が殺到し、マスコミにも連日取材攻勢されて、両親はノイローゼになってしまったのじゃ。そしてついに自殺に追い込まれた。家には中学生の娘がひとり残されたが、学校で激しいイジメに遭って、不登校になり、ひきこもってしもうた。娘は、教師はおろか、誰にも会おうとしない。オートロックで入れないマンション。部屋は百戸以上あるが、娘以外には誰も住んでいない。娘がどこの部屋にいるかもわからないのじゃ。」
「ずいぶんかわいそうな話だにゃ。そこが地獄への通路となっているというのきゃ?」
「そういうことじゃ。ただマンションを管理しているのはその娘であって、娘ではない。どうやら、饅頭人居住区の支配者がその娘を食ったらしい。その饅頭人に楡浬を助ける手がかりがあると見てるのじゃ。まずはその饅頭人に会わないといけない。しかし、ライトも付けずに引きこもっているらしいし、オートロックのマンションじゃから中に入ることもできず、どの部屋に住んでいるのかもわからないんじゃ。」
「それは困ったにゃ。どこにいるのかすらわからないんなら交渉の余地がないにゃ。」
ショタイゴちゃんと白弦は、鉄棒を恨めしく見つめる逆上がりのできない女子中学生のように、固まっていた。
ふたりはマンションの出入りをずっと観察していたが、娘が出てくることはなく、ただ時間だけが過ぎていき、夕暮れになった。季節は深まる肌寒い秋。ポツリポツリと雨が降り、車のヘッドライトに雨が線のように見える。
「これだじょ!」
ショタイゴちゃんは手をたたき、ついでに白弦のアタマを叩いた。不思議と叩きたくなるアタマはどこの世界にも存在するのである。
「なにをするんじゃ。幼女の頭をなでなでするのはグローバルスタンダードじゃが、叩くのは虐待じゃ、DVDじゃ!」
「Dがひとつ多いじょ。閃いたじょ。明日、朝早くここに来よう。」
「朝は苦手なんじゃが。幼女は寝起きが悪くて、目覚まし時計十個鳴らしても起きなくて、お兄ちゃんのキスでやっと目が開くというのが定番じゃからのう。」
「お兄ちゃんならここにいるじょ。」
「ショタイゴちゃんは兄じゃが、お兄ちゃんカテゴリーからコースアウトしてるではないか。」
「そうだったじょ。これじゃ、明日朝つるぺたを起こすことが不可能だじょ!って、そんなお兄ちゃん属性は捨ててしまえ!」
こうして、次の日の夜明け前。楡浬は完全に腐敗してしまう2日前で、ほとんど口をきかなくなっていた。
「楡浬。必ず助けてやるからにゃ。自分をしっかり持って前を向くんだじょ。きっとその先には虹が見えるはずだかりゃ。」
「・・・・・う、うん。」
うつろな楡浬の瞳に涙が溢れそうになるショタイゴちゃんだったが、自分が泣いたら楡浬のことを諦めたことを認めたことになると思い、首を二度三度と廻して、涙を飛ばした。
ショタイゴちゃんが白弦にボディスラムを連発してようやく家を出ることができた大悟。『幼女DVD、幼女DVD、幼女DVD』と連呼しながら抗議する白弦。幼女マニアならロケットダッシュで白弦のところにやってきて、DVD購入を迫るシチュエーションであった。
自殺マンションの前に着いたふたり。中に入ることができないのは昨日と同じ。
ショタイゴちゃんはマンションの真ん中にある玄関から10メートル離れた地点に立った。寝覚めの太陽が暖かい光でマンションにお早うの挨拶をする。
「ちょっと寒いけど、実にきれいじゃのう。これから成長していく期待の星の幼女のようじゃ。」
「今は朝だ。期待の星は見えないじょ。」
「ものの例えじゃ。風流のふの字もないヤツじゃ。」
「よし、思った通りだじょ。このマンションの窓でひときわ光っている部屋がターゲットだじょ。」
「最上階のいちばん端の部屋がそれか。どうしてそんなことがわかるのじゃ?」
「人間が住んでいる以上、その部屋の湿度は住んでいない部屋よりも高い。寒くなれば結露を起こしゅ。光が乱反射しているのは、結露があるからだじょ。だから、あの部屋に娘はいるってことだじょ。」
「なるほど。そちはショタイゴちゃんになってから、脳が小さくなってシワの数が増えたらしいのう。」
「つるぺたまでが脳シワの話をするきゃ?とにかく急いでインターホンで呼び出しだじょ。」こうして、ショタイゴちゃんと白弦はマンションの自動ドア前に来た。
インターホンを鳴らすショタイゴちゃん。10回鳴らしてもう出ないかと思った矢先に、返事はなかったが、反応があった。
「おい、その部屋に住んでるんだにゃ。返事をしてくりぇ。」
「・・・。」
「インターホンに出たということは、こちらとコミュニケーションを取ろうという気持ちがあるんだよにゃ。そ。・・・。」
「返事をくれたじょ。」
「・・お、お前は子供か?」
「子供じゃないじょ!白い冬を嘔吐する高校生だじょ。」
「そんな奇妙な表現をするところをみると、たしかに高校生か。子供にはそんな言い方はできないし。この部屋に私がいることがどうしてわかったの?」
ショタイゴちゃんはその理由を説明した。
「なるほど。あなたはなかなか頭が切れるようね。でもそれだけ。それじゃあこれで。ゴホゴホ。」
「ちょっと待ってくりぇ。お前、風邪をひいてるだろう。薬は持ってるのか。」
「私は外出しないからそんなものないわ。」
「そうきゃ。なら窓を開けて待ってるんだじょ。」
数分後、窓の所に袋が見えた。
「これ、いったいどうしたのよ。」
「オレからのプレゼントだ。ここにいるつるぺた幼女の風魔法でそこまで上げたんだじょ。黙って受け取りぇ。」
「あんたの施しは受けるわ。風邪がツラいから。でも気持ちは受け取らないから感謝なんかしないわよ。」
「それでいい。ただカラみたいだけだじょ。」
「私はイヤだと言ってるでしょ。」
「イヤだと言いながらも完全スルーしてないよにゃ。一方通行でも構わないしゃ。」
「コミュニケーションは双方向が前提なのよ。バカじゃないの。」
「でもあんたはそうやってオレの言うことに反応してるだりょ。すでにコミュニケーションは成立してるしゃ。」
「上げ足取りの詭弁だわ。」
「なんとでも言えばいい。オレが一方的に行動したいだけなんだかりゃ。宝くじは買わなきゃ当たらない。脳細胞も動かしてナンボだじょ。手の届かない太陽を動かすことはできないが、あんたはそこにいるんだから、何でもやってやりゅ。風邪薬以外にほしいものがあれば送ってやるじょ。送料はタダだからにゃ。」
「これ、妾の魔力をムダに消費するでない。けっこう疲れるんじゃが。」
作品名:俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第三章第一話】 作家名:木mori