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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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(第七章)ブルーラグーンの資格(10)-青の幻想①



「今回の一件で、八嶋さんが自分自身の問題に気づいてくれればいいが、どうだろうね」
 日垣は水割りを飲み干すと、再び和やかな表情に戻った。この「隠れ家」にいる時にしか見せない笑顔が、美紗の胸によぎる漠然とした不安感を、霧散させていった。
 ふと、テーブルに置かれたタンブラー型のウイスキーグラスに目が留まった。下半分に流れるようなカットが入ったそれに、キャンドルホルダーの光が当たり、氷だけになった中身がきらきらと輝いている。
「あの、お飲み物、同じものにされますか?」
 言いながら、美紗はテーブルの端にあったアルコールのメニューに手を伸ばした。
「そうだな。次は、君のイメージのお酒を飲んでみようか」
「私の?」
「青い色の……。ブルーラグーン、というんだったね」
 日垣は、恥ずかしそうに頷く美紗にわずかに微笑み、それから、カウンターのほうに顔を向けた。程なくして、マスターが衝立から顔を覗かせた。
「ブルーラグーンを。君は?」
「私はまだ……」
 カクテルグラスの中には、マティーニがまだ三分の一ほど残っていた。
「定番のものになさいますか。それとも……」
 マスターが、ちらりと美紗のほうを見やる。美紗は、ますます縮こまりながら、日垣が「鈴置美紗さんのイメージのものを」と応えるのを、聞いた。
 しばらくして、水の入った小さめのタンブラーが美紗の前に、そして、日垣の前には、青と紺の間のような色合いのカクテルが置かれた。細身のグラスの中で、ソーダの泡が、恥ずかしそうに揺れ動く。それを、日垣は愛おしげに眺めた。
「あ、あの、普通のブルーラグーンは、もっと水色に近いんだそうです。でも、私には濃い青のほうが合う、ってバーテンダーさんが……」
 問われてもいないのに、美紗は、特別に深い青い色のことをしどろもどろに説明した。切れ長の目が見つめる先は自分をイメージして作られたカクテルのほうだと分かっているのに、まるで自分自身が彼の視線に囚われているような気がした。
「確かに、『礁湖』にしては青が少し深いかな。心静まるような色だ……」
 そう言って、日垣は静かにブルーラグーンに口を付けた。