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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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「ええ。いつも同じものですね。国産のモルトウイスキーがお好きなようですよ」
「モルト……?」
「実物をお見せしましょう。少々お待ちください」
 マスターは、入り口で立ち止まったままの美紗に軽く会釈すると、静かな足取りで薄暗い店内に入っていった。そして、L字型のカウンターの向こう側にある低い棚にずらりと並んだ瓶のうちのひとつを手にして、戻ってきた。
「日垣様のお好みは、こちらの銘柄です」
 琥珀色の液体が入った瓶にはシックな墨色のラベルが貼られていた。金で箔押しされた二文字の漢字が、店の照明の光を受けて優雅に輝いている。
「これと同じものを、その、……ボトルキープというのは、できますか?」
「ええ、承っております。日垣様のお名前でお預かりするということで、よろしいですか」
「はい」
「……実に配慮の行き届いた贈り物でございますね」
 マスターはわずかに口角を上げ、目を細めた。彼の意味するところを図りかね、美紗は黙ったまま手を胸元にやった。ピンクとオレンジの二色に輝く誕生石をくれたあの人に、何がしかの返礼をしたかった。クリスマスがそのいい機会のように思えたが、彼の手元に「鈴置美紗」の痕跡を残すのはためらわれる。悩んだ末に思いついたのが、「いつもの店」に彼の好みの銘柄のボトルを入れることだった。それすらも余計なことかもしれないと、迷いながら……。

「お幾らになりますか」
「こちらのものですと、お預かり料込みで、通常は一万円を頂戴しておりますが、鈴置さんのお心配りに免じて、今回は半額で結構でございます」
「でも……」
「残りの分は、私からお二人へのクリスマスプレゼント、ということにいたしましょう。お席をご用意してよろしいですか?」
 美紗はうつむいて唇を引き結んだ。店内を静かに流れるジャズアレンジのクリスマスソングが、ひどく優しい音で美紗の耳元を撫でた。
「今日は……、帰ります。すみません」
「いいんですよ。またのお越しを、お待ちしております」
 マスターは、ただ穏やかに微笑み、ゆったりとした動作で一礼した。