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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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 ここまで来て、いつもの店に行くか、まだ迷っていた。十二月に入ってから、「二人の夜」はなかった。忘年会シーズンになると、顔の広い日垣の夜のスケジュールは、週末どころか週の半ばまでほとんど埋まっていたからだ。二人で会えないまま年末年始の休みに入ってしまうのだろう、と美紗は思った。自分が職場を出る時には、日垣はまだ会議に出ていた。仕事の後、平日のクリスマスイブを、彼はどう過ごすのだろう。自分は、本当はどうしたいのだろう……。

 答えが出ないまま、美紗は大通りから細道へと入った。急に周囲が暗くなり、人通りがまばらになった。浮ついたクリスマスソングも行き交う人々のざわめきもすぐに遠ざかり、聞こえるのは自分の靴音だけになっていく。下を向いて歩いていると、すぐに通い慣れたビルの前まで来てしまった。
 美紗は、最上階を見上げ、そして、冬の夜空を振り仰いだ。星はない。寒さだけが、顔に振り落ちてくる。それから逃れたくて、反射的に建物の中に入った。右手が勝手にエレベーターのボタンを押していた。十五階に着くと、人気のない事務所の脇をゆっくりと通り過ぎ、突き当りで立ち止まった。左に曲がるか、やはり引き返すか……。

「いらっしゃいませ、鈴置さん。平日に、お珍しい」
 灰色の髪をオールバックにまとめたマスターが、店の入り口に立っていた。彼の隣には、美紗の背丈と同じくらいの高さのクリスマスツリーが飾られていた。
「ああ、今日はイブでしたね」
 マスターの後ろに、マホガニー調に統一されたいつもの空間が広がっている。眩い光に溢れる賑やかな外の世界から隔絶された「隠れ家」は、あの人の気配を感じさせるしっとりとした雰囲気に満ちていた。
「取りあえず、カウンター席でよろしいですか」
「いえ、今日は……」
 マスターの後について中に入りそうになるのを、美紗は辛うじて堪えた。少し逡巡した後、渋みのある穏やかな目に促されるように、尋ねて良いものかと迷っていたことを口にした。
「あの、日垣さんがここでよく飲んでいるお酒は、……ウイスキーの水割りなんですけど、種類というか、何か決まっているんでしょうか」